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2006年9月

2006.09.26

中国語を勉強してからショックを受けたこと

中国語の勉強を始めてからショックを受けたこと

ジャッキーチェンが映画で使っている言葉は広東語で、北京語を勉強しても何を言っているのか全く分からないこと。

北方出身の人間が話す中国語と、南方の中国語ではなまりが異なり、よく分からないこと。

天津には天津飯が無いこと。

ラーメンは日本料理だったこと。

台湾には台湾ラーメンが無いこと。

中国人は焼き餃子をあまり食べない。水餃子ばかり食べる。(台湾人は焼き餃子もよく食べる。)

中国人にとって、焼き餃子は主食で、日本人が餃子をおかずにして、ご飯を食べてるという行為が信じられないと言われた事。





2006.09.12

オール1の成績から高校教師になった人の話

オール1の落ちこぼれ、教師になる

 本屋で「オール1の落ちこぼれ、教師になる」という本を見つけた。

 タイトルの通り落ちこぼれで、勉強が全く出来ない人があるきっかけで奮起して、教師になった経験を書いた自伝的本だ。

 この筆者、宮本 延春さんは元々落ちこぼれで、勉強が全く出来なかった。中学を卒業した後、そのまま大工になった。しかし20代になり、NHKのアインシュタインの特集をたまたま見て、物理の魅力、面白さに気がつき、奮起して、三年生のドリルから勉強をしなおして、定期高校に入学した。その後仕事をやめ、定期高校でバイトをしながら勉強して、名古屋大学に合格したという異色の経歴をもつ人だ。

 名古屋大学に入学した際では、地方の新聞社が彼のことを報道して、ちょうどその頃、高校生だった自分はその報道を見て、人間その気になればきるんだとずいぶん勇気付けられた。そのためこの本を見つけ、その時報道された人物はその後も頑張り続け、修士課程へ進み教師になって、母校の教壇に立つようになったという事実に少し驚くとともに、感動した。

 ダメ人間だと思われている人でも、奮起すれば新しいチャンスを見つけられると勇気付けられるという点ではなかなか面白い本だったと思う。

2006.09.11

9月9日倒扁群集運動、台北はやはり雨だった

9月9日、毛沢東死去30周年と同じに、元民進党党首施明德が主導する陳水扁罷免運動が総督府の目の前である凱達格蘭大道で行われた。警察の発表によれば9万から10万人が今回の運動に参加したという。

倒扁民眾 今

一般的に、民進党、台連の現与党が緑色を運動のシンボルにし、そして国民党と親民党が藍色をシンボルにする。施明德は今回の運動のカラーに赤を選び、反汚職をスローガンに陳水扁の罷免を求める、運動を続けるという。

 今回の運動の主導者である施明德は会見で、今回の運動は圍城之戰(城包囲の戦い)であり、攻城之戰(攻城の戦い)ではなく、衝突は避けることを主眼とすると述べた。

しかし報道によれば、小さな衝突は何件か発生したようである。

 今回の反陳水扁運動では"中華統一促進党主席「張安樂」が天使隊と名乗り、その成員みながお面とマスクを身につけ、人々から注目された。

張安樂は外省人系暴力団のボスで、80年代にはアメリカ在住作家「江南」の暗殺事件に関わったと見られている。

 その張安樂が今回の反陳水扁運動に参加したことで、人々の注目を浴びた。

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今回の反陳水扁運動に対する国民党の反応

 台北市長も兼ねている馬英九国民党主席は暴動行為には反対し、今回の運動が過熱化しないことを要請し、同時に民進党に対し、陳水扁罷免案を自主的に受け入れるよう呼びかけた。

 また馬英九自身は今回の反陳水扁運動自体には支持するが、デモには参加せず、一定の距離を保った。

一方、親民党主席の宋楚瑜は親民党議員を引き連れ、今回のデモに参加した。

 今回のデモの参加者を三十万の参加者を招集するとしていたが、実際の人数は10万人以下だった。

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今回のデモについて共同通信の報道は以下の通り

 【台北9日共同】政権の腐敗を理由に台湾の陳水扁総統(55)の辞任を求める市民たちのデモや無期限の座り込みなどの街頭行動が9日、台北の総統府前で始まった。主催者発表で20万人以上(警察調べ約9万人)が参加した。
 運動の発起人は陳総統のかつての盟友の施明徳氏(65)。同氏は与党、民主進歩党(民進党)元主席で同党を脱党した。最大野党、国民党の馬英九主席も支持する運動の輪が広がれば、陳総統は一層の窮地に追い込まれることになる。

 共同通信など日系メディアは今回のデモが拡大すれば、陳水扁政権はさらに窮地に追い込まれる可能性があると予測しているが、実際には今回のデモも参加人数から考えても、熱心な藍支持者のみが参加したと考えられ、デモの規模は限度があり、デモによって陳水扁政権がさらに窮地に陥り、辞任を余儀なくされるなどの事態が起きる可能性はひじょうに低い。

 しかし陳水扁への抗議活動を続けることによって、陳水扁政権の正当性が疑われ、今後の選挙に強く影響する可能性が高い。

 年末に行われる台北市長選挙の国民党立候補者である郝龍斌も今回の反陳水扁デモに参加し、陳を糾弾する姿勢を見せている。リンク元

 もともと台北には国民党支持寄りの選挙民が多いため、反陳水扁デモの継続は今後の選挙に有利に働くという考えがあるようだ。

 実際に、最近、民進党側が相次いで重要な選挙で負けているのは、こうした反陳水扁運動の影響は否定できない。

 

デモに参加する郝龍斌

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それはともかく、以前のエントリー(国民党の抗議デモ)で、

国民党側は何度も、抗議デモを行っているが、大規模な抗議デモをする日はなぜか異常なほど降雨率が高い。
 今日も朝方は曇っている程度だったが、抗議が始まる時間になると、やはり雨が降ってきた。

 反陳水扁運動の日の降雨率が異常なほど高いと書いたが、先日のデモもやっぱり大雨が降った。

 雨男はいったい誰なんだ。

2006.09.09

何か憂鬱だ

中日新聞の記事から

<デスクメモ> 総裁候補の三人は、いずれも涼しげな面立ちで、アクがない。毛並みのいいサラブレッドばかりだからか。一昔前の脂ぎった大物政治家たちはいまや希少種なのだ。政治家の家系出身でない総理を探すと、実に四代前の村山富市首相までさかのぼる。「格差社会」をつくったのが、どんな人たちかよくわかる。 (充)

 さいきん「格差社会」をキーワードに現政権を批判する言論をよく見る。こうした言論に私は何か違和感を感じます。

 その理由は新聞、テレビは盛んに「格差社会」、あるいは「下層社会」などのテーマを取り上げる一方、メディア自身が抱えている「格差社会」の是正には全く無頓着なように見えるからです。

 メディアは外に向かっては「格差社会」を批判する一方、内部ではピラミッド上の「格差社会」になっており、「格差社会」を批判する人間はその格差社会の上層部に位置し、その自己矛盾した構造にある種の違和感を感じるからです。

 新聞業界で言えば上層部には本社記者が存在し、その中でもハイヤーを乗り回し、地元では有力者として振舞う記者がいます。そのいっぽう下部には新聞配達業者がいます。

 下層に位置する新聞配達業には様々な問題を抱えていると言われています。

Wikiの新聞販売店の問題点という項目にも次のように書かれています。

  1. 新聞社は再販制度の保護下にありながら慢性的な過当競争状態にあり、契約上の優越的地位を利用して過大なノルマを販売店に課すことがある。販売店は新聞社に対して従属的な立場にあるために、ノルマを受け入れざるをえず、販売店には大量の売れ残りが発生する。販売店は売れるあてのない新聞の代金も新聞社に一方的に支払い続けなければならないが、これを拒めば販売店契約の解除を暗にほのめかされる、そのためいわゆる「押し紙」と呼ばれる、流通されることがない新聞が毎日大量に発行され、新聞配達業者が負担を強いられているという問題を抱えている。
  2. 、新聞社にとっても実質的には末端組織として活動しているにも関わらず、販売店や拡張団が問題を起こした場合新聞社は「取引先が問題を起こしたことを遺憾に思います」というふうにあくまで取引先の問題として、新聞社は無関係という態度をとる。その一方で、販売店や拡張団の問題を新聞や、新聞社とつながりのあることが殆どであるテレビ局が正面から批判することはほとんどなく馴れ合い状態である。

 このように新聞社が抱えている上下間の格差は深いように思えます。新聞社の偉い記者方は高給を得て、社会的にも認められ、高論を述べています。しかし下層に位置する新聞販売店は新聞社に生かさず殺さずの待遇に甘んじざる得ないシステムになっています。また新聞販売店の中には、押し紙の負担に耐え切ることが出来ず、廃業したという販売店も少なくなく、中には新聞販売店が裁判に訴えている例もあるそうです。http://www2.tky.3web.ne.jp/~kuroyabu/sub5.htm

 

TV業界の格差社会はさらに深刻のように思える。

 たとえばフジテレビ社員の平均年収1497万円(平均年齢39.8歳)で、40歳で2000万円近くの高給を得ている。http://heikinnensyuu.seesaa.net/article/8729752.ht..

一方、アニメーターの場合、

労働時間は、1日平均10・2時間で、月間労働時間は推計250時間。〈中略〉

平均年収は
100万円未満が26・8%
100万円以上200万円未満が19・6%
200万円以上300万円未満が18・6%
3人に2人は300万円未満。

http://heikinnensyuu.seesaa.net/article/8841969.ht...

. げんざい日本のアニメが世界中で放送され、その需要は高い。しかしそれを製作する人々の待遇は極めて劣悪な環境で働いているように思えます。

 そうしたマスコミ界の内部構造を改めて見たとき、「格差社会」の是正をと主張する記者の言葉にどうも歯がゆさを感じてしまいます。口や文章では何でも言えるからと負け組の自分は考えたりするのですが。

2006.09.08

韓国人はどの程度、本当の日本のことを知っているのだろう

中日新聞の記事から

 高月町雨森のまちづくりグループ「雨森まちづくり委員会」の交流事業で同町を訪れ、ホームステイした韓国・ソウルの高校生のアンケート結果がまとまった。

 交流事業は1986年から始まり毎年、夏休みを中心に実施。これまでに延べ約1800人が訪れている。今年は7月15日から3泊4日の日程で訪れ、町内などでホームステイした。アンケートは最終日の18日に行い、訪れた32人のうち体調不良の2人を除く30人から回答を得た。

 「日本に来てよかったか」の問いに21人が「よかった、満足している」と回答。ホームステイについては、30人全員が「親切でよかった。楽しかった」と答えた。また「日本へ来て、思いが変わったことは」の趣旨の設問では「(韓国の)本では日本人は礼儀がないと書いてあったが間違いだった」「日本人は韓国人が嫌いだと思っていたが好意を持ってくれている人が大勢いて驚いた」と日本の印象を修正した回答が目立った。

 自分も韓国人と接して、似たような経験がある。ある韓国人のグループがホームステイをしていろいろお世話をしたことがあった。韓国人一人一人みないい人たちで、当時は言葉はよく分からなかったが、両方とも片言の英語で何とかコミュニケーションをとった。

 その後彼らから日本の印象を聞くと、日本に行く前と行った後の日本の印象が180度変わったと口々に応えた。皆来日前の日本人に対する印象は非常に悪く、中には家族に反対された学生もいた。しかし実際の日本人と出会って、日本人のことをよくその当時、自分は日本のことが好きになってくれれば、それでいいと思ったが、よくよく考えているみると、これは案外深い問題を抱えているようにも思える。

 度々韓国は歴史問題を絡めて、日本は歴史を歪曲していると非難しているが、実際には韓国自身が日本への憎悪を再生産し、それを政権維持、あるいは韓国人アイデンティティ高揚の道具として、利用している。その結果、韓国人は現在の日本の本当の姿を歪曲して見ているようにも思える。

 さいきん韓国では「韓半島」という反日映画が流行ったようだが、その内容も娯楽映画とはいえ、全く歴史的事実を歪曲し、日本を一方的に非難する映画になっていたようだ。映画では、韓国と北朝鮮の和平ムードが高まり、南北縦断鉄道の運行の機運が高まっている最中、日本は過去の条約を盾に、鉄道の所有権を主張し、南北和解に介入し、南北和平を妨害するという役である。

 問題は日本が介入の口実とする戦前に結ばれた日韓併合条約などの条約だが、日本と韓国が国交を結ぶことを取り決めた日韓基本条約の第二条にて「 [旧条約の無効] 千九百十年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される。」と宣言し、細かい法解釈に相違があるものの、基本的に日本はすでに韓国の権益を既に放棄しているにも関わらず、「韓半島」では歪曲された歴史を主張している。

 このような積み重なりが韓国人の誤った日本人像を生み出し、結果として反日感情へと繋がっていくように思える。

 ようするに戦後日本国は根本的に変わり、国民の考え方も変わったにも関わらず、韓国は国内で悪意ある歴史教育、反日宣伝を繰り返し、日本の本当の姿が見えなくなってしまっているようにも思える。

 韓国や中国の人と話していると、歴史教育に問題があるのは、日本だけだと本気で信じている人に時々会うが、実際のところ、中国、韓国、台湾、日本ともそれぞれ異なる問題を抱えているように思うのだが。

と書いたところで、以前にも似たようなエントリーを書いたような気がしてきた。

2006.09.05

日本にいて少し不便なこと

 実はいま日本の田舎に帰っている最中で、最近のエントリーもみな日本で書いている。
 最近はネットが発展し、日本にいても、台湾の情報にアクセスできたり、必要な資料も直接ネットで検索できるようになっている。ただ日本の田舎にいて、一番不便に思っているのは本屋の問題だったりする。今、自分は日本の愛知県の片田舎にいるためだが、とにかく近所にちゃんとした書店が無い。まったく本屋が無いというわけでなく、車で 30分の範囲内に3,4軒の本屋があるが、売られている本の大部分が漫画と雑誌で、その他ベストセラーが置かれているだけで、本のバリエーションが非常に乏しい。せいぜい新書が少し置いてあるのみである。必要な本はAmazon で買えばいいのだが、本屋をぶらぶらして、立ち読みしながら、時間をつぶすという楽しみがあまり味わえない。むろん名古屋にいけば、ある程度の規模の書店もあるが、交通費も馬鹿にならないというのが、さいきんの不満だ。

 書店という点から考えると、台北というのは本屋環境がかなり恵まれた都市じゃないかと思う。(古書は除く) 某日本人で「台北に住み続けるのは、台北には誠品書店があるからだ」という人もいるほど、台北の書店環境はけっこう豊かである。

 最近、台北で一番大きい書店には今年オープンした誠品書店信義路店がある。地下二階、地上六階、計7500坪あり、そのうち二階から四階、3000坪が書籍販売で蔵書数は合計100万冊になるそうあ。個人にうれしいのは一般的に台北の書店は閉店時間が遅く、信義路店の場合、深夜2時まで店が開いている。また店によっては24時間営業の店までもある。そのためほとんど時間を気にせず、店に行くことができる。

 誠品書店信義路店には日本語書籍を専門に扱うコーナーもあり、規模はそれほど大きくないが、下手すれば片田舎の日本の本屋より面白い本がいろいろ売っている。

 そのほか物価の違いもあるが、台湾の書籍は比較的低価で、一般書籍が300-400元で、専門書も300-600元前後の価格で購入が可能だ。日本では購読者が少ない専門書は通常4000円以上で、下手すれば七千から八千円することも珍しくない。しかし台湾では一般書籍とあまり変わらない価格で専門書も買えるのが、非常に助かる。さらに台湾では一割引き、二割引など割引もあるので、さらに安く買うことも可能だ。

 また簡体字の書籍も買うこともでき、中国から輸入された簡体字の書籍の場合、さらに安い値段で購入が可能だ。中国の本は印刷の質が余りよくなく、耐久性に難があったが、最近はだいぶ改善され、以前より長持ちするようになってきている。

 自分は台湾史関係の書籍を買うことも多い、自分が台北にいたときでは台湾大学の近所にある南天書局でよく購入していた。たぶん台湾史関係の本を購入したい場合は南天書局が最も見つかりやすいのでは。

 南天書局は学術誌を専門的に扱う出版社で、書籍販売部門では台湾内外で出版されている様々な本を購入することができる。

 個人的によくお世話になっているのは、戦前台湾で出版された書籍の再印刷版だ。伊能嘉矩の「台灣踏查日記」、「台灣文化誌」、または矢內原忠雄の「帝國主義下の台灣」など戦前出版された名著をかなり低価格で購入することができる。伊能嘉矩の書籍を日本で購入したい場合、確実に1万円以上の価格になり、あまりたやすく買うことができないが、南天書局では一冊4000円未満で購入することが可能。

 たがし古書や古本屋になると、途端に台北の本屋は寂しくなり、面白い古書専門店は自分が知っている限り、2,3店しかしらない。

 単純に日本と台湾の差異だけでなく、単純に情報が集中する都会と情報から隔離さらた片田舎という環境の違いもあるが、書店を取り巻く環境は日本以上に、台湾の方が良いように思えるが、実際のところどうなんだろう。

2006.09.04

1918年から1935年の間、四川では477回戦闘が勃発していた。

中国国際放送局から

 9月3日は、中国人民の抗日戦争勝利61周年の記念日です。専門家によりますと、日本の侵略期間中、中国が蒙った直接の財産損失額は1000億ドルにも達し、この影響を受けて中国の現代化プロセスは半世紀も遅れたことが分かりました。

 1937年から1945年の8年間、日本軍による中国の民間人殺害という惨事が数万件も起き、死者は数千万人にも達しました。同時に、日本軍は略奪と破壊を繰り返し、当時略奪された鉄鋼、石炭、木材の多くは、今も日本に保存されています。

 これについて専門家の高洪氏は、「中国は、かの戦争が残した一連の未解決の課題を今も抱えている。例えば、強制連行、『慰安婦』、と遺棄化学武器などがそれだ」と指摘しました。

http://jp.chinabroadcast.cn/151/2006/09/03/1@72587...

 中国側からたびたび中国が近代化に失敗したのは日本の侵略のためであるという見方が出される。むろん日中戦争の発生が中国現代化にとって大きな損害となったのは間違いない。

 しかし中国が現代化が停滞した原因を日本の侵略のみを限定するのは中国近代史の本質を失う危険性もある。

 清朝末期から1949年中華人共和国が成立するまで、中国は列強による中国分割と、革命勢力と軍閥などによる内戦状況に陥っていたという中国国内の状況を軽視しがちである。特に中国国内の内戦が中国近代化にあたえた影響を無視することができない。

1900年から日中戦争が起きるまでの中国の歴史を振り返ると、

  • 1900年以降、清朝打倒を目指す革命運動が相次ぎ、大小様々な革命運動が勃発。
  • 1911年辛亥革命が成功し、清朝が倒れるが、袁世凱の専制政治が始まる。そして袁世凱専制に反対する革命運動、たとえば1913年の二次革命など、中国各地で相次ぐ。
  • 1916年、袁世凱政権が終了するが、中国は1928年、蒋介石による北伐の成功するまで各地方ごとの軍閥による小規模な戦闘が断続的に続いた。
  • 1930年以降、蒋介石率いる国民党政権内部の対立が激化して中原大戦が勃発した。
  • 1930年以降も、蒋介石は共産党掃討を重視し、反共囲剿戦を繰り広げる。

 1900年以降、中国は内戦が相次ぎ、そうした権力の空白状況を利用し、欧米列強ならびに日本が中国国内の権益を拡大しようと活動していた。

 統計によれば、1912年から1935年の間、四川では軍閥間の戦争や、革命運動など戦闘行為が合計477回勃発している。すなわち日本と中国が戦争する以前から中国は内戦状況にあり、大小1300近く存在した軍閥間の衝突など戦闘が絶えない内戦状況が続いていた。中国の近代化の失敗は日本の中国介入以前に、混乱が続いた中国の国内事情のほうが大きいだろう。

 内戦終結後、戦後共産党政権樹立後、中国の現代化の停滞は疑うところ無く共産党の失政だろう。特に毛沢東が起こした反右派運動、大躍進運動、文革の後遺症であることは明白でだろう。

2006.09.03

全台湾県市長施政満足度の結果

天下雑誌が全台湾の県、ならびに市で「人民幸福感」ならびに「施政満足度」の調査を行い、その結果を発表した。

 その結果、桃園県長朱立倫が最も高い施政満足度を記録した。朱立倫は外省人出身の国民党所属の政治家である。しかし朱立倫の中道的な政治的スタンスは本省人、外省人ともに好感を得られ支持されている。

 この結果に対し、朱立倫は世論調査は参考に過ぎず、この調査結果はさらに桃園のため努力すると答え、またこの結果は県庁のチーム努力の結果であると取材に応えた。ttp://www.ettoday.com/2006/08/30/122-1984496.htm

 桃園は元々台北の副都心で、工業が発展した都市と見られていた、だが近年、工業都市から生活都市へと大転換し、多くの北部の都会人が桃園に引っ越すことを考慮している事に誇りに思っていると朱立倫は取材に応えた。

 朱立倫が桃園県長に着任以来、人口は165万人から187万人に増加し、全台湾で最も人口増加率が高く、平均人口が最も若い県となっている。

 今回の施政満足度の調査で、もっとも注目されたのは国民党主席であり、台北市長の馬英九の結果である。馬英九の満足度は8位にとどまり、一昨年1位、昨年の3位と比較して、大幅に満足度を落とした。

 今回の結果について、馬英九は次のように弁明している。「他の県、市首長は党務をこなす必要が無い、もし党務をせず、市長の仕事に専念すれば、一位を維持するのも難しくなかった。しかし自らの政党を愛し、台湾の改革の理想を推進するため、国民党主席に就任した。党主席と市長の双方の役割をこなすため、衝突するニュースが少なくなく、そのため市民を不快にさせるのもやむ得ない。」また今回の結果を気にせず、市民も許してくれるだろうと信じていると取材に応えた。

 ちなみに滿意度の進歩が最も高かったのは、民進党所属の南市長許添財で、昨年15位から7位に上昇した。

 満足度が最も低かった首長は国民党所属の許財利で、満足度は27パーセントにとどまり、不満を述べるのが、五割を超えている。許財利は選挙中も含めて、賄賂など汚職のうわさが絶えず、そうした悪評が今回の結果となった。

 そして台北県県長、周錫瑋はワースト3位にとどまった。日本人にとって周錫瑋は烏來にあった高砂義勇軍慰霊碑を強制撤去した外省人政治家と言えば分かりやすいだろう。

 前職県長で現行政院長の蘇貞昌が台北県長を務めていた際、台北県の施政満足度は非常に評価され、蘇貞昌が行政院長就任のきっかけとなった。だが周錫瑋に県長が変わった後の評価は極めて低い。

 今回の結果について、周錫瑋は「台北県の最大の問題は予算が不足していることだ、予算不足が原因にも関わらず、台北県民は県長には何も政績がないと不満を漏らしている」と弁明した。

 だが民視によれば、周錫瑋は選挙中の公約のほとんど実現しておらず、

はどうでもいい問題ばかりにこだわり、重要なことは何もしていないと不満を表明している。また最近、台北県が8年間利用してきた台北県の標識を新しいデザインに変えたが、県長が交代するごとに標識も変えるつもりなのかと不満を述べている。http://news.sina.com.tw/articles/14/12/08/14120806...

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 馬英九の言い訳はかなり傑作ですね。党主席と市長を兼任しているため、市政に専心できないという弁明するなら、一刻も早く、党主席か市長、どちらに専念すべきだと非難されるのが目に見えています。

 また台北県の周錫瑋の評価がかなり低いのも非常に印象的です。特に蘇貞昌時代、台北県政府はとても高い評価を受けていた分、周錫瑋の評価の低さが目に付きます。しょせん口だけの政客だったというべきなのかもしれません。

横暴な中国代表団、国際試合の表彰中、台湾国旗を選手から奪い取る

 一般的に国際スポーツ大会ではいかに対立している国であっても、スポーツマン精神にのっとり、勝者を称える精神がとても重要だと思われる。まして、まもなくオリンピックを開催しようとする国なら尚更である。しかし中国にはそうした一般的常識ですら通じないらしい。

 先日、バンコクで開かれた国際少年運動大会で台湾代表が優勝し、中華民国国旗である青天白日旗を掲げ、表彰台に登ろうとしたところ、中国代表団関係者らが乱入し、国旗を奪い取ろうとする乱暴狼藉を繰り返し、平和を謳うはずの国際スポーツ大会の表彰式は混乱のうちに幕を閉じた。

 上の映像がそのときのニュース映像である。台湾代表団から国旗を奪おうとしている中国人らは中国政府が派遣した中国代表団関係者である。

 こうした様子からも中国は台湾との共存ではなく、台湾の消滅を望んでいることがよく分かる。

台湾出身のヘンリー.リー(李昌鈺)博士の番組が日本でも放送

 ヘンリー・リー博士。日本人にとってあまり馴染みの無い人物だが、台湾ではほとんどの人が知っている鑑識専門家だ。彼が過去遭遇した事件を紹介する「Dr.リーの科学捜査ファイル」が日本のSKY Perfect TVのFox Crimeで10月から放送されるようだ。

 この番組ではリー博士が過去、携わった6000件に及ぶ不可解な事件の一部を紹介し、犯行現場やリー自身の研究室を舞台に、警察、検察官、弁護士らの話を聞きながら、難しい事件を解決に導いた証拠について紹介する。http://www.foxcrime.jp/bangumi/lee/index.html

 ヘンリー リー、中国名は李昌鈺。コネチカット州警察研究室の名誉主任で、コネチカット州ニューヘブン大学の法医学教授も務め、世界的に著名な鑑識官だ。李昌鈺は台湾、アメリカだけでなく、世界各地の重大事件に鑑識として捜査に携わった経験をもち、アメリカメディアを騒がせたジョンベネちゃん殺害事件、O.J. シンプソン事件などの捜査にも参加している。そして近年はアメリカの911事件捜査にもかかわり、科学捜査のエキスパートで、数々の犯罪解決に多大な貢献をした。

 李昌鈺は1938年、中国江蘇省出身で、国共内戦中、母親と共に台湾に移民した外省人である。1960年台湾中央警察学校を卒業し、台北市で警察として勤務を始めた。1964年アメリカに留学し、ニューヨーク刑事科学科に入学し、その後もアメリカで生物化学および分子科学の修士、ならびに博士学位を取得した。李昌鈺はその当時始まったばかりの科学捜査の専門家となり、数々の捜査に携わり、その事件解決に大きな功績を残している。

 そういう点でもアメリカで最も成功した台湾人の一人だといえるかもしれない。

 台湾でも陳水扁暗殺未遂事件の際、鑑識として招聘され、その事件全容解明に助力した。

 陳水扁暗殺未遂事件では選挙投票前日に現職総統の陳水扁と呂副総統が何者かに銃撃され、軽症を負った。その影響もあり、陳水扁が選挙で勝利するという劇的な結果に終わった。しかしその後、藍側陣営からこの暗殺未遂事件が陳陣営の自作自演ではないかと疑い、選挙後、藍側が大規模な抗議活動を続け、台湾政治は混乱に陥った。

 李昌鈺は外省人出身で、2004年の台湾総統選挙の際では李昌鈺ではアメリカの連戦支持団体の会長を務めるなど、政治的には生粋の藍系の人物だった。

 だがこの事件の全容解明のため招聘され、事件現場の検証などを行った。そのときの様子は全国のニュース局が生中継で、その一挙一足が放送されていた。

 この鑑定で李昌鈺は事件で使われた銃は命中率の悪い改造銃で、藍側陣営が指摘した自作自演の可能性は低いと結論付け、その報告を発表し、台湾内の沈静化に少なからず影響をあたえた。

 李昌鈺の活躍は台湾では非常に著名で、彼に関する書物が何冊も出版され、彼を称え、「國人之光、破案之神」と呼んでいる。

 アメリカでも書籍のほか、彼が扱った事件に関するDVDも発売されている。

 李昌鈺の番組が日本でも放送されれば、日本でも李昌鈺博士が著名になるかもしれない。番組の予告編はMSNから見ることができる。リンク先(注意、IE限定)

2006.09.01

中正国際空港が台湾桃園国際空港に改名?

 日本人が台湾を訪れる際、最も利用している飛行場は間違いなく桃園県にある中正国際空港だろう。中正とは蒋介石の名「中正」から取られている。日本では字の「介石」が使われることが多いが、台湾ではつうじょう「蒋介石」ではなく、「蒋中正」と呼ばれている。80年代まで台湾は独裁国家だったため、いたるところに「中正」の名称を見ることができる。

上空から見た中正国際空港

 陳政権下の台湾では「正名」運動が進められ、こうした独裁国家の名残を排除しようとする動きがある。

 交通部長(日本で言う大臣に値する)蔡堆は中正空港をまもなく改名し、本土化を進めると発表した。交通部が提案している正式名称は台湾桃園国際空港で、英語名は「Taiwan Taoyuan International Airport」とするという案である。しかし英語の略称は引き続きTPEを利用し続ける。今回の改名の理由は、多くの民衆の要望に応えるためであり、また桃園県知事朱立倫(国民党員)も今回の改名に同意していると応えている。

 台湾では各地方で「中正路」という通りがあったり、いたるところで使われている。しかし一方で本省人にとって蒋介石は228事件、白色テロを断行し、多くの本省人を殺害した独裁者であるという歴史的経緯から、中正という名称に抵抗を持つ人が少なくない。

 日本人にとっても「蒋中正」という名称はあまり使われないため、中正国際空港というのはあまり馴染めない名称だと思うので、今回の改名が立法院で可決され、台湾桃園国際空港になれば、より馴染みやすい名前になるのではと思う。

 現在、台北から空港へ行く公共アクセスがバスしかなく、高速道路が渋滞するとかなり焦るという仕様になっているので、改名以上に現在建築中の空港から台北直通のMRTを早く完成させてほしいというのが希望です。

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