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2007年7月

2007.07.29

安倍さん、派手に負けたな

 選挙権を持たない自分は(住民票を海外に移転して、移転後も大使館で選挙の手続きしていないので)

 日本の選挙を他人事のように見ていたが、自民党が派手に負けたみたいですね。

 安倍内閣は憲法改正の道筋をつけたという点では評価していたけど、憲法改正が遠のくのか。残念。

 前任の小泉さんが日本の政治家に珍しく、抜群のパフォーマンスセンスを持っていた政治家で、不利な状況も自分の言論で正面突破する魅力を持っていた政治家だった。その一方で、今の安倍さんは見るからに坊ちゃん顔で、小泉前首相が持っていたカリスマ性が欠けており、前任が前任だったゆえに苦戦するだろうなと思っていたが、予想以上に苦戦したみたいだ。

 またマスコミの反安倍キャンペーンも功が奏したみたいですね。

選挙の焦点となった年金問題だが、安倍内閣固有の問題ではなく、その責任は歴代の内閣、特に怠慢な管理を続けていた行政組織全体にあると思うけど、その責任全てが安倍内閣に押し付けるのは少しおかしいと思っていたが、世間の考えは少し違うみたいですね。もっとも直接、自分の金銭にかかわる問題なので、怠慢な管理に怒るのは当然ですが。

どっちにしても今回の自民党の敗北で自民党内、民主党内ともに、内部権力の変化が起きると思うが、どのグループが力を失い、どこの権力が伸長し、どのような権力バランスの変化が訪れるのか、興味深い。

 安倍さんが負けた反動で、旧橋本派などが、力を盛り返すとうんざりするが、どうなるんだろう。

 安倍内閣は台湾にかなり友好的な姿勢を見せていたが、今後の日本の権力構造の変化により、日本の台湾に対する対応も変化するのかな。

 台湾問題の行く末を考えると、憲法九条を変更することこそが、東アジアの平和と安定に寄与することができる、と個人的には考えているけど、憲法改正には一歩進んで、五歩ぐらい後退したという印象ですね。

 とりあえず今はCivをやるのに、忙しいので、NHKを見る時間はないのだ。

 ちなみに5月に次期首相に誰がいいか、aboutme上で聞いてみた結果が以下のとおり。全体の投票数が少ないので、あまり参考にはならないけど、ネット上ではすでに安倍さんの人気は無く、圧倒的に麻生さんが注目を集めていたともいえるのかな。

 

ずっとCiv4をやっている

 題名のとおり、やっぱCivシリーズは面白い。

 正直いうと、自分のノートPCだと、多少力不足で、ゲーム後半になると動作が少し緩慢になり、快適にゲームができるわけではないが、ゲームそのものはやはり面白い。

 そういうわけで購入した後は、暇があるときは、ずっとCiv4をやり続けている。一応、Beyond the Swordもプレイ可能になったけど、とりあえずノーマルのCiv4を繰り返して遊んでいる。

 やはりCivシリーズこそ、100回以上繰り返し遊ぶことができる傑作ゲームだと思う。

以下、Civ4の私的レビュー

  •  Civ3では進歩にあわせて、指導者の服装のグラフィックスが変わり、一目で相手の進歩具合が分かったうえに、原始人風のリンカーンなど、ユーモラスさを兼ね備え、秀逸なフィーチャーだったと思うけど(フランスのジャンヌダルクが、現代では意味不明にスキンヘッドになっていたのは、未だ納得がいかないが)Civ4ではずっと同じ格好なのは、少し面白みに欠ける。
  •  ゲームのテンポ自体はよくなり、Civ3よりワンゲームの時間が短くなった。
  •  宗教のシステムは面白い。AI相手だとゲーム中盤まで、宗教勢力が対立関係に決定的な役割につながり、宗教の伝播が重要になる。ただしキリスト教や仏教など、どの宗教もゲーム内では、実際の役割は変わらず、違いは名称のみで、宗教ごとの特色が無いのは少し残念。宗教ごとに特色があれば、もっとも面白かったと思うが。
  • Civ3では、ゲーム戦略だったのは、黄金時代の到来と、不思議建設だと思うが、Civ3ではその役割が両方とも少なくなってしまった印象を持つ。
    Civ3ではピラミッドや、孫子の兵法、フーバーダムなど、建設の成功によって、後のゲーム展開に大きく影響を与えた。だがCiv4では建設できる不思議自体は増加しているが、そこまで影響力を持つ不思議が減少した印象を受ける。
  • 新しく生まれた偉人システムはまあまあ面白い。偉大な芸術家を使って一気に領土を広げるのは、戦争以外で、両毒を拡大させる非常に面白いシステムだと思う。
     おかげで、戦争を行わずとも文化影響力で、対立国の都市を帰属させるのが簡単になってきている。逆もしかり。Civ3も都市の転向は存在したが、ランダム要素が強く、文化的に圧倒するよりも、軍事力を駆使したほうが、たやすかった。だがCiv4では文化影響力がより重要な要素になっている。そのため内政がより重要に。
  • Civ3とCiv4の一番の違いは、大帝国運営が難しくなったこと。Civ3でも汚職という形で、領土を増やすほど、汚職が増加し、大帝国の運営は困難が伴っていた。しかし首都や紫禁城を建設した中核都市に悪影響を及ぼすことはなかった。しかしCiv4はポールケネディの『大国の興亡』のように、巨大帝国を築いた場合、その帝国の維持費が、進歩を妨げるというコンセプトが非常に面白い。そのため、Civ3以上に国家の拡大を進めるペースが難しくなっている。
    国家が小さすぎれば、資源獲得という観点から、不利になり、必要以上に国家を拡大すれば、その維持費によって、進歩が立ち遅れるというバランスが絶妙で面白い。
     そのため軍事征服でゲームをクリアするのは、より困難になっている。
  • Civ3の欠点のひとつが、外交アドバイザーが優秀すぎて、交渉する前に、交渉の成否が判明してしまい、交渉自体をつまらなくしていたが、Civ4ではそうしたおせっかいは無くなり、もう少しまともになっている。
     また八方美人の外交は不可能というコンセプトも面白い。双方対立する他国家が存在する場合、どちらにも友好的に振舞うと、双方から嫌われる。そのため最終的にどちらを支持するか、決断する必要がある。
     またAiごとの外交姿勢が異なるのも、シングルプレイを面白くしている。ある指導者は宗教を重んじ、共通する宗教を有する場合、有力な同盟者になり、異なる宗教の場合、不倶戴天の敵になる。軍事志向の指導者、内政重視の指導者がおり、シングルプレイでも、異なる指導者に対し、異なる対策を練る必要がある。
     しかし『アルファケンタウリの外交のほうが面白かったと思う。アルファケンタウリの外交では、国連の票集めの裏工作ができたり、外交でやれることが多彩だったと思う。
  •  Civシリーズは文明ごとの有利不利の差異が大きいゲームだ。文明固有のユニットが非常に有用な場合と、あまり意味の無い文明もあったりして、基本的にアフリカ系指導者や、南アメリカ系指導者の場合、固有ユニットが登場時期がゲームの初期過ぎて、あまり使いものにならないのが、お約束。
     こうした文明ごとに使いやすさ、有利さに違いがあるのも、このゲームの面白さだ。
     Civ3では日本が超軍事大国を築くに最適な指導者だったけど、Civ4では、キャライメージはかっこよくなったが(Civ3のキャライメージは、アメリカ人のネガティブ日本人イメージそのもので、かなり悪意のある造形だった)、文明自体は弱体化して、かなり使いにくい文明になってしまったのは、個人的に残念。

 実はCivシリーズは大好きだが、未だマルチはやったことが無い。

 切込隊長のゲームログを読んでみると、マルチの場合、交渉力や戦略がより重要になり、まったく異なるゲームになり、面白そうだが、自分には、そこまで英語力が無い(購入したのは、Steam経由の英語版)ので、しばらく、シングルオンリーになりそう。外国語でも中国語なら、ある程度は交渉可能なのだが、英語は読むのが精一杯で、英文を書くのは苦手。

 とにかくCiv4は面白すぎるので、プレイする時間を制限して、ゲームをしなければ。かといって、Beyond the Sword付属のModなどもやりたい。

2007.07.25

中国でClickClickClickの海賊版が登場

 日本と台湾のネット界の一部で、突如ヒットしたClickClickClickだが、中国で、その海賊版というべきサイトが生まれていた。

 近日、中国では様々な製品、サービスの海賊版、模造版が生まれているが、サイトも同様のようだ。

こちらが、本家のサイトのデザイン

clickclickclick

 

下が海賊版のサイトのデザイン。名前は点点点(http://diandiandian.net/

 

diandiandian

 

本家のサイトに比べて、いろいろと劣るのが、中国流というべきか。

2007.07.24

台湾人が作ったスラムダンクOPのAAバージョン

 日本では、2chなどで、盛んに使われているアスキーアートだけど、台湾でも独自のアスキーアート文化を築いている。

 下はスラムダンクのオープニングをアスキーアートで再現したVideo.

ちなみにスラムダンクの中国語表記は「灌籃高手(quan lan gao shou)」。

  台湾の大学生以上の男子ならほとんどの人が漫画かアニメなどを見たことがあると思う。もともとバスケットボールが人気のある台湾では、スラムダンクの人気は凄かったのだ。

 なぜ桜木花道が、メガネ野郎なのかは不明。このメガネのAAの名前は「鄭公」というみたい。

中国の中央電視台の記者がダンボール肉まん事件について、Blogで意見を表明

 中国中央電子台の記者がBlog上で、ダンボール肉まん事件について、疑問を発表している。

 先日、この中国のみならず、世界中で報道されたダンボール入り肉まん事件は、記者による捏造で事実ではないと発表された。

 そして関係者は処分され、今後、当局のメディア監視がさらに強まるのではないかと観測される。

 この記者は、Blog上で、今回、捏造と認定されたダンボール事件はやはり真実ではないかと、疑問を発表している。

  この記者があげた疑問点は主に以下のとおりである。

 報道では屋台主の顔を堂々と撮影していた。かりにこのスクープが捏造だった場合、屋台主の顔を撮影することはありえないのでは、または顔にモザイクを入れ、業者が分からないように隠蔽するのでは、という疑問。

 第二の疑問点は、スタッフが撮影後、その内容を工商局に通知し、工商局の役人が派遣され、記者とともに、その内容を調査している。

 では工商局の役人らも記者の捏造に加担したのかという疑問が起きる。自作自演の報道の場合、役人がリスクを犯し、記者の撮影に協力する必要性がないこと。

第三は、捏造が発覚するまで、なぜ半月もかかったのか、すなわち中央当局の介入が存在しないかという疑問が残る。

 中国当局はいまだ、情報をコントロールし、真実を覆い隠していることが少なくない。そのため政府当局の発表をそのまま信じることはできないと指摘している。

むろん、この記者の推論を鵜呑みにすることはできないが、Blogのコメントでは、この記者の疑問に賛同を示すコメントが多く残されている。

 中国当局は、今まで不利な情報を隠蔽してきた過去を持ち、すでに市民らも政府が発表する内容を、鵜呑みすることは無いことを示しているともいえる。

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http://blog.sina.com.cn/u/3d5180e6010009n7

關于北京台假包子事件

  数日前、北京電視局はダンボール包子のニュースを報道した、北京電視局も想像していなかったほどに、大きな反響を呼び、海外メディアも続々報道し、一時期は大きな騒動を騒動を引き起こした。

 ネットで大きな反響を呼んでいた際、上位は突然、180度大転換し、報道は偽りだったと述べ、関係者は処分され、その番組のビデオも押収されたという。

 たまたま自分もその番組を見ていて、そのときは特に何も思わなかった。北京のテレビではこの類の番組はよくあり、「每週品質報告」という、自分たちのテレビ局でも放送していている。

1.盗撮について

 これは我々テレビ局がよく使う手段で、証拠を得るため、このような手段を使っている。偽包子の番組では、ほとんど盗撮で撮影されていた。しかし自分の経験から言うと、最初から最後まで、盗撮の撮影は非常に自然で、偽りとは思えなかった。もし番組が捏造で、アルバイトスタッフが撮影したのならば、屋台の主人の顔を編集でモザイクが入れ、顔を撮影する必要が無かったのでは。

 そのスタッフもその点をはっきり述べている。

 しかし番組では最初から最後まで、一人としてモザイクを入れておらず、ビデオはずっと、屋台主の顔をはっきりと撮影していた。

2、自作自演について

 仮に番組が捏造で、ドラマを撮影するように、ある人間が演じ、他の者が撮影したと仮定したとする。しかし番組では記者はすべての証拠を撮影した後、 工商局に通知し、工商局からまもなく4名派遣され、記者とともにその屋台を調査した。

 そこで疑問がわく、仮に記者の撮影が捏造だった場合、その工商局の役人も記者とともに捏造に加担する必要性があったのか、そのような行為が、工商局の役人にどのような利益をもたらすのか、自分には全く思いもつかない。その工商局の役人がリスクを犯し、一人の記者の捏造のために、まじめに彼に合わせる必要性があるのか、そこにどんな合理的理由があったのか、きわめて疑問である。

3、いかに捏造ニュースだったと認定されたのか?

 番組の放送は捏造だったと報道するまでに、およそ半月あまりかかった、なぜこの時間があったのか。

 注意すべきなのは、番組の放送後の影響は、ネット、新聞、テレビ、ラジオなどいっせいにそれを報道し、中国ではかつて無いほどの規模に膨れ上がり、海外メディアも報道し、その影響は北京台が大きく力を入れて放送したドラマなどとは比べ物にならないものだった。

 すなわちそのことが、当局の神経に障ったのかもしれない、この報道に目をつぶることができず、手を伸ばし、捏造ニュースだと言わせ、挙句に記者を逮捕し、北京局に謝罪させ、なぶり者にしたのではないのだろうか。

 ダンボール肉まん事件を考慮する時、少し以前のの無錫市のアオコ大量発生事件を思い出した。

アオコの大量発生事件は中国人はみな知っている、しかし皆が知っているのは、アオコ事件の表面だけで、その背後にはダンボール肉まん事件と同様の問題を抱えている。

 それはアオコが大量発生した初期、一人の市民がケータイのショートメッセージで、親しい人に無錫市の大湖でアオコが大量発生し、アオコの危害について説明した。

 この人は無錫市のアオコ発生事件の早期発見者といえ、政府は彼の主張を重視していれば、後に大発生し、大きな恐慌を巻き起こすことは無かった。 

 しかし、その市民の話を誰も信じず、さらに正確に言えば、ある人間はこの事が暴露されることを好まなかった。

 否定できないことは、無錫市政府の情報管理能力は優れていたことだ、アオコ大量発生を告発した人は、まもなく監視され、社会秩序を乱したことを理由に、公安機関に拘留された。

 その後、太湖でアオコの大量発生が起き、メディアが大々的に介入し、その市民が当初の指摘は間違いなかったことが証明された。10日後、その市民は拘留が解かれた。しかし当局が彼に謝罪したかどうかわからないが、私は謝罪などしていないと思う。

四、

政府の危機に対する対処は、このように冷淡で、恐ろしい。

ある人は、メディアが捏造した場合、その記者を磔にしろと非難している。

 

 しかし、役人は捏造していないのか。

 政府は、捏造していないのか。

2007.07.23

「兩岸共同市場」がもたらす台湾経済への影響

 2008年に実施される台湾総統選挙で、やはり最大の焦点になるのは、台湾が中国とどのような関係を構築すべきかであろう。

 特に近年の中国の急速な発展により、中国と台湾の経済的関係は深くなる一方である。

 そうした経済状況に対し、国民党陣営側は対中政策の柱として「兩岸共同市場」を構築し、台湾と中国の経済的関係をより強固にすることを主張している。

 この国民党陣営が主張する「兩岸共同市場」が台湾経済にいかなる影響を与えるか、  否定的見解を述べる経済学者も少なくない。

ベーカー大学経済学部の副教授を務める林環牆も、国民党陣営の主張に反対している論者の一人である。

 自由時報の論説に 「兩岸共同市場」の創設に対する否定的見解が掲載されていた。

 林環牆は「兩岸共同市場」は、台湾に大量の中国労働者の流入をもたらし、失業率、ならびに平均薪水の低下を促すリスクが存在し、さらに大きな問題は、「兩岸共同市場」が台湾と中国の経済体の一体化を加速させ、中国と台湾が「単一経済体」になる結果となり、台湾の産業構造が「技術集約型」産業から、「労働集約型」産業に逆流するリスクを指摘している。

以下が林環牆の論説の簡約

http://formosan-voices.blogspot.com/2007/07/blog-post_5858.html

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 中国国民党の馬英九と蕭萬長は最近、「兩岸共同市場」を提起した。それに対し、民進党側は政治、経済的側面双方から馬英九らの主張を厳しく批判している。陳水扁は「中国の農産物、労働者が台湾に大量に流入し、台湾の失業率増加をもたらし、給料の低下、農民の生計に脅威を与え、産業の空洞化が加速する」と非難し、「ひとつの中国市場は災難の開始であり、台湾は中国の離島自由貿易区に矮小化されてはならない」と馬の構想に否定的見解を述べた。

 興味深いのは馬、蕭の反論が非常に弱く、経済的論理で擁護することができないことだ。馬英九は陳水扁の非難に対し、「これは一種の中傷である。私と蕭院長が提起した構想は、台湾経済を助けることを希望しているのであり、台湾経済の周辺化を避けるためである」と延べ、そして馬、蕭ともに「中国人労働者を受け入れるとは主張していない」 と反論した。

 明らかに、馬、蕭の両名は台湾は「鎖国」であると誤認しているだけでなく、一般的な共同市場の制度システムに対する認識に欠け、「両岸共同市場」が台湾経済にいかなる危険と衝撃を与えるか無知であることを示している。

「共同市場」とは非常に密接した区域の経済統合を意味し、「自由貿易区」、「関税同盟」を凌駕した経済関係を意味する。一般的な共同市場のシステムは、区域外貿易に対し、共同関税率を実施するほかに、区域内経済間において、商品貿易のゼロ関税を実施し労働者などの自由移動を許可することを意味する。

 すなわち「共同市場」が成立した際では、台湾社会と労働市場ははいかに「中国人労働者」の流入を受け入れるのか!これは総統候補者ならば、あるべき基本常識である。

 また共同市場があたえる大きな経済的衝撃とは「国際的比較利益」システムが台湾にとって不利な変化をもたらす可能性がある。それはIT産業などハイテク産業による成長モデルが崩壊する可能性である。この衝撃は「国際的比較利益の逆転」と略称できるが各界に軽視されている問題である。

 現在、台湾が兼ね備えている国際的比較利益の産業は技術密集型産業である。中国など発展途上国に対し、台湾は(エンジニアなど)技術豊富な擁しているからだ。

 反対に中国の比較利益の産業は労働集約型産業である。台湾など新興工業経済に対し、中国は安価な労働力を豊富に擁しているからである。

 かりに「両岸共同市場」が成立した場合、双方の言語を熟知している上に、生産要素が自由に移動できるようになるため、台湾と中国は「単一経済体」になる。しかしこの「単一経済体」の国際的比較利益構造では、中国の生産要素が採用され、すなわち労働集約産業である。なぜなら中国の規模が強大だからである。

 そのことは、台湾の国際的比較利益産業が「技術密集型」産業から、「労働集約型」産業に逆転することをもたらし、台湾資本が、この変化に対し、さらに大量の資本を労働密集型産業に投入することを引き起こすと考えられる。このような変化は台湾が高付加価値の技術を創り出すことを阻害する結果となる。

 このような比較利益の転換リスクは、「両岸共同市場」に存在している。 馬英九と蕭萬長はそうしたリスクを理解しているのだろうか。

蕭萬長がインタビューで台湾の区域統合の推進を主張

 先のエントリーで述べたとおり、国民党陣営が「両岸共同市場」を提起した後、民進党陣営を中心に反論が相次いでいる。そうした反論に対し、元行政院長であり、国民党副総統候補の蕭萬長が東森で反論を述べている。

 原文は以下から。
金融風暴10周年/台灣應放棄鎖國並掌握區域經濟整合

 蕭萬長の主張を簡略すれば、10年前、行政院長として、アジア危機に対処した実績の強調し、そして中国との経済統合の必要性を主張している。

 事実、97年のアジア金融危機の際、ほかのアジア諸国が深刻な金融危機に陥った中、台湾は安定した経済成長を続けた。そうした経済危機を強調しつつ、蕭萬長は現在の陳水扁政権には政策の一貫性が欠け、グローバル化と区域経済の統合の潮流に遅れ、台湾の経済競争力が落ちていると批判し、生産拠点としての中国市場の有望さ、そして巨大な中国市場の魅力を強調し、中国との経済統合を進めることを主張している。

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 10年前、アジア金融危機の際、台湾の経済状況は、人々から羨望され、NIES(香港、シンガポール、台湾、韓国)のなかで、もっとも高い成長率を誇った。10年が過ぎた現在、台湾の競争力はアジアの諸国家の中で遅れをとり、10年前、危機に陥ったアジア諸国家は自信を持って前進する中で、台湾は相変わらず元の場所に留まり、その差異は大きくなる一方である。これは深く反省すべきことである。

 台湾が元の位置に立ち止まっている最大の原因は、2000年の政権交代以降、政策は連続性に欠け、中国化を排除し、鎖国政策を死守し、グローバル化と区域経済統合の潮流を把握していないことが、台湾の競争力を低下させている。国民は皆それを体感しているはずである、すなわちイデオロギーから抜け出し、さらに大きな枠組みを創り出さなければならない。

 10年前、自分が閣僚に任命され、政策の舵取りを任された際、アジア危機がもたらした重大な衝撃に直面した。自分は薄氷の上を歩むように、慎重にその変局に対応し、台湾は危機を無事に乗り切ることができた。その主な要因は、自分が主導した経済チームに以下の6項目の措置を採ったからである。

 第一、正確な産業政策の作成。ハイテク産業の育成を促し、高度成長をもたらすこと。ほかのアジア各国の輸出が減少した際、台湾の輸出成長率はむしろ増加した。

 第二、メカニカルな為替レートを採用したこと。台湾ドルの米ドルに対する為替レートを26台湾ドルから34台湾ドルに低下させ、輸出競争力を増加した。

 第三、両税の統一化を実施し、伝統型産業の転換を推奨したこと。

 第四、金融営業税率を5%から2%に減税したこと。それにより銀行の貸し倒れを防いだ。

 第五、株価の安定。第六、企業の財務問題の解決。劉兆玄、江丙坤、邱正雄、許遠東、彭淮南、王志剛、韋端、郭婉容など財務チームと協力し、毎日、国際とアジア各国の財務情報を収集し、検討を進め、対策を練り、各産業の問題を解決することをまい進し、その結果、台湾は無事アジア危機を乗り切ることができた。

 台湾の株価指数は当時9000台湾ドルから5400台湾ドルまで減少し、世論は証券取引税の減税を求めたが、自分は断固として拒否し、その理由は台湾経済は悪くなく、株価の急下落は短期的な心理的要素によるものが大きく、政府は一定の政策を堅持し、混乱してはならなかった。最も重要だったのは根本的解決であり、それは経済体質、すなわち金融、産業、人的資源など各種産業から検討し、その体質を強化し、さらに高度化を加速することであり、それは人体の体質を強化するのと似ていて、免疫力の向上は伝染病に対抗力がつくのと同様である。しかし残念なことにこの七年間、政府は健全な経済体質を建設する方案を棚上げしてしまった。

 

 一方で韓国は国家が破産の危機から脱出し、台湾の国民所得を越し、外貨準備高も台湾を超過している。それは前大統領の金大中が学者、専門家などの提案を採用し、国会に人民の圧力に直面させ、国会の少数与党が各種経済振興策を通過させた。

 それは市場機能を尊重し、金融改革の実施を徹底し、産業高度化の促進、文化産業の奨励などである。その結果、10年以内に、再び成長し、近年ではグローバル化を推し進め、区域経済の統合の潮流を掌握し、2010年以内に東アジア、アメリカ、日本、中国、ならびにEUなどの重要貿易相手とFTA協定の締結を完成を目指している。

 シンガポールはアジア危機の後、さらに開放を推し進め、専門的人材の移民の吸収を進め、10年間で人口数は250万人から、420万人に増加し、スイスのプライベート銀行業務の開放をモデルにして、シンガポールを運輸センターから金融センターへの転換させた。

 韓国、シンガポールなどアジア諸国はすでに準備を整え、グローバル化と区域経済の統合による商機を把握し、順応している状況に直面し、台湾は中国共産党の圧力で機会が無い事を理由に、鎖国政策を施行し、グローバル化と中国化を排除している。グローバル化とは、中国化+あらゆる国家化であり、グローバル化は中国化とは異なる。だが中国化はグローバル化の重要な一環である。

 台湾は中国化を排除することは不可であるだけでなく、中国が優位な生産条件をさらに利用すべきである。かりに権勢や利益に走り、実現できなければ、台湾伊最大の脅威を生み出す可能性がある。韓国は機先を制し、台湾の競争力が低下した後、さらに優勢に立ち、整合を速やかに進めている。特に中国の興隆の後、巨大な輸入消費市場に変化している。台湾が位置する区域優勢とは豊富な資金と台湾資本家を後ろ盾に、製造業を主に、グローバルなサプライヤーとして重要な役割を果たしている。ネットワークの建設の完備と優秀な人材、ならびに新しく創造できる環境を兼ね備えている。このような優位な条件にある台湾は、有効的な統合を進め、APECのFTAを通じ、区域経済の統合に達することができれば、台湾はさらに多くの可能性を有していると考えている。

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以上が蕭萬長の見解。

 以下は素人の感想文。経済は門外漢で、自分の専門分野は歴史社会学なので。

 蕭萬長は10年前の行政院長の際の経験を語っている最中の経済政策はきわめて具体的な数字、政策を述べている反面、現在、今後の台湾経済のテーマになった途端、その表現が抽象的になり、具体性に欠けている印象を持った。

第一の疑問点、台湾の国際的競争力は低下しているのか

 IMDが発表した2007 年の世界主要国の国際競争力、ならびに投資環境のランクでは、台湾は日本に次いで、18位に位置し、3位のシンガポールの後塵を拝しているものの、韓国の38位に対して、遥かに優位に立っていると発表している。

台湾の国際的競争力の変動

 年度

項目

2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 変動
ランク 17 12 11 17 18 -1
分類            
一、経済表現 29 22 17 25 16 +9
二、政府効率 20 18 18 23 20 +3
三、企業効率 11 6 6 13 17 -4
四、インフラ 20 18 16 18 21 -3
 資料元:http://twbusiness.nat.gov.tw/asp/superior7.asp

 グラフは2003年から2007年までの発表を元していて。

蕭萬長は台湾の国際的競争力が低下していると批判しているが、事実、ランキングは上昇傾向ではないことは確かだが、低下しているともいえない。

 蕭萬長は韓国が改革によって、国際的競争力を増していると強調しているが、実際には近年、韓国のランキングは低迷傾向を示し、韓国の改革は限界が見え始めて、韓国をモデルにするのは、すでに時代遅れであることは明らかであろう。台湾の国際的競争力が低下している指摘は必ずしも正確ではないと思えるが、実際にはどうなんだろう。

 台湾が強い競争力を有する産業と、シンガポール、韓国は大きく異なり、両国を改革成功のモデルにすることは大きな間違いではないのだろうか、とくに台湾と中国の関係は、中国が統一を主張する現状では、ほかの諸国と条件が異なりすぎる。

 

第二の疑問、区域経済の統合は台湾を繁栄させるのか

 蕭萬長は現在、区域経済の統合は当然の潮流であると主張し、台湾の唯一の成長の路は中国との経済的統合であると訴えているが、区域経済の統合が、実際に台湾に利益をもたらすか、検討する必要性が多いのでは。

 特に中国と台湾では、経済状況、貨幣価値の差異が小さくなく、安易な区域統合は安価な中国産の製品が流入をもたらし、台湾の農産業を壊滅させる可能性があるのでは。

 国民党側は「両岸共同市場」を主張する際、中国の巨大な消費市場を強調する反面、中国製品がさらに台湾に流入し、その流入が台湾経済にどのような影響を与えるのか、軽視しているように見受けられるが、実際はどうなのか。

 また近年、日本、アメリカなどで、中国の粗悪な製品が流入し、それが大きな社会問題になっている。

 アメリカではChina Freeというコピーが作られ、非中国産というのが、広告文句のひとつになり、日本でも、中国産の食品を避け、高くても国産の商品が売れるようになりつつあるというニュースが流れている。

 近年、アンチ中国の潮流を国民党はどのように見ているのかという疑問。

 ようするに蕭萬長は、アジア危機の活躍は、間違いないことだが、その認識が微妙に古いのが否めないのではというのが、東森のインタビューを読んだ個人的な感想。

2007.07.21

今さらCiv4を開始。

 STEAMで、Civ4とその拡張パックであるBeyond the Swordがセットで49ドルで販売されているのを見つけて、思わず購入してしまった。

 Alpha CentauriCiv3などを幾度も遊び倒し、多大な時間を費やしてしまってきたので、Civ4が発売されても、メインのPCが3D処理が弱いノートPCを使っていたこともあり、自重していたが、

 セットで、49ドルはお買い得だろうという誘惑に抗しきれず、買ってしまった。

Beyond the Swordの発売はまだなので、予約という形で、発売後、ダウンロード可能なので、とりあえずCiv4から開始。

 Civ3では、テクノロジーツリーの進め方から、兵器のアップグレードなど熟知していたが、Civ4は変更も少なくなく、未だなれない。

 特にCiv3では、都市の数が多いほど、有利なので、ゲーム開始まもなくは、無二もなく、都市の拡張を進めるのが、セオリーだったが、Civ4から汚職の概念がなくなる代わりに、都市の維持費が必要になり、必要以上の都市を持つ場合、その維持費で科学技術の発展を阻害するようになるなど、以前のシリーズと微妙に違う。

 とりあえず初めは手始めでインドでプレイ中。古代から中世にかけて、宗教、内政重視で、近隣諸国に宗教を布教しまくって、宗教的に優位に立ち、近隣諸国と平穏に過ごして、一方で科学研究に専心していたら、近代になった途端、ロシアに裏切られて、いきなり攻めて来た。

 両面攻撃を受けるのが、もっとも心配なので、南方にあるドイツと必死で蓄財してきた金銭をはたいて、軍事同盟を結んで、ロシアに対して迎撃しているところ。

 Wonderをいろいろ建築する一方、近代兵士の育成を怠っていたつけが一気に回ってきた状況。

 とりあえず新しい偉人システムや、戦闘システムがまだ慣れない。Civ3だと防御用ユニットと、攻撃用ユニットと使い分けがはっきりしていたが、4になったら、そのシステムを大きく変えて、ユニット同士の相性がまだよく理解できていないので、無駄な兵士の損失をしてしまった。

 どっちにしても何だかんだでCivシリーズはやりだすとキリがない。

 ただ自分のPCはノートでしかもVideoが内蔵型なので、ゲーム前半は問題ないけれど、後半になり視野やオブジェクトが増加すると、動作が微妙に緩慢になる。

2007.07.19

“黑磚窯”案が示すもの

 BBC中文版の報道で、“黑磚窯”奴隷案の被告の一人が、労働者を殺害した罪で死刑を宣告され、他の被告も無期懲役が言い渡された。一方で“黑磚窯”のオーナーである王兵兵は非行禁固の罪で、懲役9年が言い渡されたと報道された。BBC

 その判例が言い渡される前日の7月16日、山西省紀委は95名の党幹部の処分を発表し、そのうち洪洞県長兼県委副書記の孫延林は、県委副書記の職を解かれ、県長の職も辞任するよう勧告している。

 これらの処分を下すことで、中国当局はこの問題の幕を下ろそうとしているのかもしれない。

“黑磚窯”案とは

 山西省にあるレンガ製造工場が誘拐、または詐欺的な方法で、集めた児童らを含む労働者を集め、過酷な労働条件で酷使し、利益を搾取していたことが判明した。

 これら労働者、児童の多くは駅、または道端で、誘拐、または500人民元ほどで売り飛ばされた人たちで、工場に到着後は早朝5時から深夜1時まで働かされ、給料は支払われず、わずかな水とマントウのみが与えられていた。

 そして労働中は、少しでも休んでいたら、監視係から体罰を受け、そうした体罰や過酷な労働条件ですでに死去した労働者も少なくない。

 また生き残っている労働者のなかにも、あまりの過酷な労働のため、身体的、精神的に傷を負った人も少なくなく、中には自分の氏名のみしか覚えていないという被害者もいた。

 こうした奴隷のような扱いを受けつつ、労働を強いられている未成年者は山西省だけでも1000名以上あるという。

 

レンガ工場が運営できた理由

 このレンガ会社の経営者、王兵兵の父親は洪洞県人大代表ならびに曹生村党支部書記を勤める地方の共産党の有力者だった。こうした地方政府の後ろ盾があったからこそ、上記のような不法な工場経営が可能だった。そして長期にわたり、地方警察、監査する立場の地方政府はレンガ工場の運営を見てみぬ振りをしていた。

事件が表面化した理由

 上記のような非合法な経営は、山西省のレンガ工場が例外ではない。過去にも同様の事件が起きたことがある。しかしその際では、地方記事に小さな記事が書かれたのみで、多くの注目を集めることがなかった。政府当局が情報をコントロールし、必要以上に情報が拡散することを恐れ、報道規制したからである。

 しかし山西省“黑磚窯”奴隷案のニュースは中国全土に広まり、多くの中国人を震撼させ、結果として、中央政府自らがこの問題に取り組むことになった。

 この事件は、ネット上で被害者の父兄400名が連名で、子供らの救助の助けを呼びかけたところ、その情報はさまざまなBlogやBBSに掲載され、瞬く間に中国のネット界に広まり、その非人道的事件を解決するようにする声が高まった。

 さらにこの事件には、地方政府が悪徳業者の後ろ盾になっているという側面があり、共産党に対する不満も高まった。

 こうしたネットを中心にした情報の拡散こそが、この事件が表面化し、結果として中央政府も事件に介入し、工場の取り締まり、大々的な報道、そして早期処分に繋がり、217名の労働者が吸湿された。

 ちなみに連名を出した被害者の父兄400名のうち、実際に自分の子供を見つけられたのはわずか100名足らず、300名はまだ見つかっておらず、まだ他の工場で労働している、または過酷な労働条件に耐え切らず、すでに死去している可能性が高い。

 今回の事件では、ネットで話題になり、事実が表面化したが、この事件は氷山の一角として見られ、中国全土には、こうした工場がまだたくさんあると見られている。

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“黑磚窯”案が示すもの

 今回の事件は、中国の負の一面、すなわち未だ労働者が前近代的な労働条件で、搾取されていること。そして官憲と結託し、不法な利益を得ている資本家が存在していること。

 そして何よりも、中国の情報コントロールが効かなくなりつつあることも示している。

 中国当局は、ネットでも情報統制を進めようと、躍起となっているが、中国の言葉に「上に政策があれば、下に対策あり。」という言葉の言うとおり、規制をかいくぐって、当局が規制しようとする情報も表面化するようになりつつある。

 今回の事件も、ネットが存在しなければ、社会に表面化することはなく、仮に解決されても、多くの人々の注目を集めることはなかったのかもしれない。

 すなわちネットの普及が、中国当局の一方的な情報コントロールが制御できなくなりつつあることを示しているかもしれない。

2007.07.18

最近の台湾海軍Video

YouTubeで見つけた台湾海軍の表演。

 北京語、ホーロー語、英語、雅美語など、何故か多言語です。

 昔、軍や学校内などではホーロー語の使用はご法度だったと思うけど、時代は変わったということか。

 YouTube内のコメント欄は相変わらず、中国人と台湾人の無益な炎上をしていて、香ばしい限りです。

商務ビザで、中国から乞食が遠征

 丐幫とは強いて訳せば「乞食ギルド」とでも言うべきか。乞食らによるある種の扶助組織である。 丐幫と聞けば武俠小說が好きな自分にとって、すぐに洪七公とかを連想して、小説の世界を連想させる存在だ。しかし丐幫と呼ばれる乞食組織は、綿々と存在し、現在も実在する組織だといわれている。

 7月18日の自由時報の報道によれば、その活動範囲はすでに中国各地へ拡散し、そして商務ビザで台湾まで遠征に来る乞食もいたというから驚きである。

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 中国籍の梁と同僚の鄧は「商務訪問」の名目で台湾を訪問した。しかし実態は昼間は台北県のMRT駅で乞食を行い、そして一日に一万台湾ドル以上、稼いでいた。

 

 警察がMRT駅で彼が乞食をしているのを見つけ、職務質問をしたところ、耳が聞こえない振りをしてやり過ごそうとした。しかし警察は人民元を持っていたため、中国からやってきた事が判明した。さらにかれらは「廣東深圳市迪深實業發展有限公司副理」という会社名義の「商務ビザ」で台湾に訪問していたことが判った。

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 五十三歲の鄧は、右腕がなく、さらに左指も欠けている身体障害者で、警察の調べに対して、双方の一日の乞食の収入は1万元で、手元の3万元は台湾での乞食の成果だった。

 梁は警察の取調べに対し、もともと乞食を生業とする彼は、今年6月1300人民元で、広東省の旅行社に申請し、來台し、二日日間様子を見ていて、乞食業を開業したところ、今回、警察に捕まった。警察に対し、台湾に来た目的は金稼ぎで、乞食で金銭が貯まれば、すぐに立ち去る予定だったと答えている。

台湾だけでなく、東南アジアでも活動?

 警察の調べによれば、両名のパスポートには、マレーシアに4回、シンガポールに1回などアジア各国にも入国した記録があり、。毎回、ビザの期限内に出国していた。

 警察は逮捕された両名の背後に、丐幫組織があることを疑っている。

 両名が中国の丐幫組織によって派遣され宿、人脈、滞在先などの情報を開拓に来た事を疑い、同様の丐幫グループによる來台があるかどうか、警察は再捜査中との事。

 警察は両者が申請した「商務ビザ」とは目的が異なるため、出国および移民法違反で、移民署の収容所に移された後、強制出国の措置をとるとの事。

参照元:自由時報

http://www.libertytimes.com.tw/2007/new/jul/18/today-t1.htm

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 大学新卒の月収が2万台湾ドルぐらいの台湾では、一日に1万台湾ドルという収入はかなりのもので、乞食がそれほど収入を上げていたというのは驚きで、何よりも中国から乞食が台湾まで遠征してくるのは、二の句が出てこない。

丐幫といえば、小説の世界を思い浮かべるが、現在も活発な活動をしている用で、あんがい台湾だけでなく、日本にもすでに中国の丐幫が押し寄せてきているかもしれない。

2007.07.16

最近、中国で報道された黒心貨一覧

 最近、連日のように、中国の粗悪食品、粗悪製品のニュースが流れている。中国の行き過ぎた拝金主義がもたらしているが、その一員だと思うが、台湾のBlogを見ていたら、最近、中国で話題になった黑心貨のまとめが掲載されていてた。

http://blog.xuite.net/osaki99/blog/12613073

 日本やアメリカに話題になっているのは、海外に輸出された中国製品の問題だが、中国国内の状況はさらに悪く、何が本物で、何が偽者か、判らなくなっている。さらに悪質なのは、そうした食品を摂取した場合、健康に害を及ぼす可能性が多いことだ。

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1.廃棄ダンボールで造られた小籠包
Xiaolongbao

 廃棄ダンボールと病死した豚肉で小籠包をつくり販売する業者画存在し、中国の市民を震撼させた。

危害:アレルギー反応を起こす危害、または食中毒を引き起こす可能性がある。


2.病院で廃棄されたガーゼで製造されたぬいぐるみ
Xiaogou

 ぬいぐるみに強い消毒のにおいが染み渡り、開けてみると、血液や薬品が使われた綿が詰まっている。

危害:ガーゼに細菌が繁殖している危険があり、病気に感染する危険性がある。


3.氷酢酸と水道水で作られた偽造酢
Heiixincu

 老醋とは中国の著名な酢のブランドの一つだが、氷酢酸と水道水に、色素、甘味料を加えた偽造酢が市場に出回っている。

危害:工業用氷酢酸は無機酸を生み出す可能性がある、また金属、鉛量が含まれているため、食後、消化不良を引き起こし、長期食用した場合、健康に被害を与える可能性がある。


4.霊安室から回収した衣類を販売
Heixinyifu

 ある露天では、病院の霊安室に安置された死者が着ていた衣類を回収して、販売している。

危害:死者の服なんか着ていたら、祟られるかも。


5.人造偽造卵
Weizaodan

 化学薬品で作られた偽造卵、中国人は卵までも偽造している。非常に硬いため、ピンポン玉のように、ラケットで打っても、割れない。

危害:食用した場合、記憶障害に陥る危険性。


6.廃棄プラスチックで製造されたヘルメット
Buanquanmao

 リサイクルは近年、重視されているものの、廃棄プラスチックで造られたヘルメットは耐久性が全くなく、簡単に壊れてしまう。

危害:耐久性が全くないため、事故がおきたとき、全く頭部を保護しない


7.期限切れのコンドームで作られたヘアバンド
Baoxiantao

 題名のとおり、コンドームで作られたヘアバンド


8.硫酸を散布したライチ
Leizhi

長春市場で出回っている半分のライチは、色づけを鮮やかにするために、硫酸を散布したライチが出回っている。

危害:食道など、消化器官が焼き切れる危険性がある。


9.甘味剤と色素水と注射したスイカ
Xigua

 粗悪なスイカを販売するために、甘味剤と色素水を注射したスイカを販売する業者が存在する。食用すると、場合によっては死去する。

危害:使用されている色素水は食用でなく、食後、食中毒を引き起こし、頭痛、吐き気、腹痛などを引き起こし、ひどい場合、死去する例も。

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 現在の粗悪品の氾濫はメディアが積極的に取り上げるようになったため、表面化したのか、あるいは近年の拝金主義がこうした粗悪品の蔓延を招いているのか、よく判らない。

 最近の中国ではこうした粗悪品のニュースが連日のように流れ、市民の不満を招いている。いかに中国当局が、中国製品は安全だと強調しても、信用することは不可能である。

 こうした粗悪品の氾濫、そして世界各国のメディアに報道された結果、中国食品の輸出などにどのような影響を与えるのか、注意深く見つめる必要があるのでは。


 

馬英九は国民党の職業学生だったのか

 台湾で、戒厳令が敷かれていた当時、台湾独立運動、民主運動の中心は、日本やアメリカに置かれ、当時の台湾人留学生らがその運動の先頭に立った。

 こうした海外の反体制運動に対し、国民党は職業学生と呼ばれる国民党の支援を受けた学生を派遣し、それら反体制運動を監視させた。そして彼らの通知によって、多くの運動家がブラックリストに記され、パスポートを取り消されたり、場合によっては強制送還されるなどの憂き目に遭っている。

《新台灣》週刊第590期に馬英九がその職業学生の一員だったかどうか、考察した文章が掲載され、南方快報にその文章が掲載されていた。戒厳令時期、国民党政府がどのように海外の留学生、民主運動を監視していたのか、その実態の一部を紹介し、馬英九もその一員だったかどうか分析している。

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 謝志偉が馬英九が職業学生の一人だったという発言に対し、 馬英九が謝志偉を名誉毀損で訴えたため、馬英九が職業学生だったかどうかか、再び注目されるようになっている。

 馬英九は戒厳令時代、アメリカのハーバード大学に留学していて、国民党の中山奨学金を受け、国民党海工会に属す「ボストン通信」雑誌の主任を務め、「ボストン通信」は「中華青年聯誼会」など国民党に属する機構を基礎として、国民党の海外留学生を監視する役割を果たしていた。

  当時、馬英九と同時期のアメリカのニューヨーク、ボストン一体に留学していた学生で、そのその被害者も少なくない、職業学生の密告によって、ブラックリストに掲載された被害者は、今でも馬英九の当時の行動を証言している。

 戒厳令が敷かれていた時期、職業学生によって、学校内で引き起こされた白色テロは、かつて海外に留学していた反体制運動家にとって、忘れることができない共通の記憶になっている。父親が軍情局に勤めていた左派学者の夏鑄九も、職業学生の密告によって、一度パスポートを取り消されたことがあった。

 1980年前後、馬英九と同時期ハーバード大学に留学し、現在、謝長廷の選挙総幹事長を務める李應元、当時、同様の被害者の一人で、長年、ブラックリストに載せられ、帰国することができなかった。

 そのため、馬英九はかつて職業学生だったのではと疑われたのは一度や二度ではない。李應元を含め、副総統呂秀蓮など、多くの民主運動家がかつて、馬英九はかつて職業学生で、ブラックリストを国民政府に提出していたと指摘している。

 さらに馬英九は1978年、ボストンで中壢事件の抗議デモを起こっている最中、カメラを持ち、証拠写真を撮影していた。その時の様子が「黨外人士後援會」が編集した《全美抗議選舉不公、反對政治迫害示威遊行紀錄》に掲載され、その中では「馬英九」が「馬英久」と誤植され、掲載され、その説明文に「蒋一族の特務である馬英久が、群衆に追われ、逃げているところ」と書かれている。

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抗議集会の写真を撮っているのを、デモ隊に見つかり、逃げるところの馬英九

  また2006年6月の《傳記文學》雑誌の中で、馬英九は当時革命実践研究院に参加していたときの様子を回顧し「70年3月、ニューヨークで実習後、台湾独立暴行の策略に関する研究の命令を受け、そして余った時間を利用し、資料を収集し、『恐怖主義と台湾独立運動』という論文を作成し、「内容が精確で、証拠も十分である」ため、海工会の推奨を獲得したと回顧している。

 また同文には「愛国活動に費やした時間は3年前後で、アメリカに滞在していた半分の時間で当たる」、その理由は「中山奨学金を受け、アメリカ留学したため、国民党と国家に率先して報いる必要があった」、「党と国家に対する服務を催促され、断る訳なかった」と回顧している。

 では馬英九は「誰の命令を受けて」台湾独立運動の暴行の研究を行ったのか、「恐怖主義と台湾独立運動」の英文論文をどこの部門に送り、アメリカで運用されたのか。また彼が言う「愛国運動」とは一体なにか。「党と国家に対する服務」とは一体どんな仕事だったのか。そしてなぜ台湾帰国後、公職試験を受けず、総統府第一局副局長と蒋経国の英語翻訳の職に就くことができたのか。

 事実上、《ボストン通信》の本質は国民党の海外職業学生の大本営で、関中、馬英九、趙少康などは、論文を投稿し、少なからずの利益を得ていた。今も馬英九と関係の深い関中は、当為、ボストン職業学生の地下リーダー的存在で、馬英九の上司に当たる。また《ボストン通信》には多くの反民主の文章が掲載され、美麗島事件が起きた際では、雑誌内で、美麗島事件の被告を非難し、重刑を行うように主張した。そして馬英九がその時の《ボストン通信》の総編集者だった

 戒厳令解除について、馬英九は1979年《ボストン通信》内で、即刻の戒厳令解除に反対する姿勢を示すm一方で政府は戒厳令関連の法令を見直し、人権保障の増加と、軍事管制の縮小の原則を政府に呼びかけた。

 戒厳令が解かれ20周年を迎える今でも、馬英九今年3月31日、国民党選挙で行われた「擁蔣遊行」で、228事件、白色テロ、長期にわたる戒厳令などは、「蔣総統が判断して、発生した小さな問題」に過ぎないと発言し、陳水扁が国民党に対し、戒厳令38年の責任を負うべきだという発言に対し、馬英九は戒厳令は中国の脅威のためであると擁護している。

謝志偉も台湾の戒厳令38年、解除後20年、被害者は未だ傷を負っている、それに対し、加害者はどこにいるのだろうか。当時、国民党に服務していた人たちは、後悔していなくても構わない。しかしその代償を負うべきだ、歴史がもしも真相が明らかにならなければ、台湾の人民は和解することはできないと発言している。

参照元:http://www.southnews.com.tw/polit/ma_in_9/00/00240.htm 

(摘錄自《新台灣》週刊第590期,標題為本報修改。)

2007.07.15

解嚴二十年:不願面對的真相!聯合報7月15日の社説

 戒厳令解除二十周年を迎えた台湾で掲載された社説。

下記は聯合報に掲載されていた社説。国民党系メディアが、この二十周年をどのように論じているのか、この社説によく現れている。

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 戒厳令が解除され、20年を迎えた。国民は自問すべきだ。当時、戒厳令を解除を求めた目的はなんだったのか、現在、当時の目的を実現できたのだろうか。

 戒厳令解除から20年過ぎた今、台湾の憲政体制の実際の運営には二つの目的しか残っていない、一つは、汚職の疑惑から、陳水扁を一切をかまわず、その権勢を維持すること。第二は、後の結果にかまわず、陳水扁と民進党は自己欺瞞の台湾独立の詐欺を続けることだ。

 戒厳令解除から20年で、これが当時、戒厳令解除が求めていた国家の目標だったのだろうか、これが戒厳令解除20周年がもたらした最高の憲政の成果だったのだろうか。

 20年以来、台湾は戒厳令解除だけでなく、政権交代が行われ、さらに台湾独立の実験が繰り返されてきた。だが憲政は崩壊し、政治はかくも腐敗している。これが当時の民主運動家が求めてきたことなのだろうか。政権は確かに交代した。しかし「失敗し、正義は跡形もない」と言える。これが当時求めていた政権交代だったのだろうか、台湾独立の実験は繰り返されているが、いわゆる「台湾独立」は「エスニック間の闘争」に成り果て、「陳水扁を擁護し、汚職を貪る」ための運動に成り代わってしまっている。これが当時追い求めていた台湾独立なのだろうか。

 20年後、戒厳令解除は当時、想像していた戒厳令解除ではなく(戒厳令解除は、汚職と憲政の崩壊なのか。)政権交代は当時、想像していた政権交代ではなく(政権交代は、このように失政と、道徳的に腐敗した陳水扁政権を作り出すことだったのか)台湾独立さえも、当時、標榜していた台湾独立ではなく(台湾独立とは、分裂と社会を分断するものか、台湾独立の政治はかくも腐敗しているのか)

 われわれはかつて戒厳令解除は「渡らなければならない河」と主張した。しかし戒厳令解除後の台湾は、「河を渡った後、誤って岸に乗り上げてしまった」戒厳令解除から20年以来、台湾社会の真実とは何か、我々は真相を直視するのを望まないのか。

 20年来、常に間違った政治的論述がある。それは偽造、歪曲など各種の形で現れている。それは台湾の民主化と戒厳令の解除は民進党と台湾独立運動の功績であるという論述である。そのため民主が台湾独立と同視され、戒厳令の解除の目的が台湾独立への追求となってしまっている。

 20年前の戒厳令の解除で、民進党の前身である「党外」はむろん中心勢力の一つだった。しかし雷震の《自由中国》は早期台湾民主運動の先駆であり、美麗島雑誌より先に、陶百川、胡佛など自由主義者が民主憲政の論陣を張り、夏潮と陳映真ら「中国民族主義・本土社会主義」の問題提起を行い、それが当時主流の抗議思想だった。また許信良、張俊宏なども当初は「国民党改革派」から出発した。そして蒋経国の役割も無視することはできない、仮に蒋経国が戒厳令解除の準備をしなければ、また自ら戒厳令解除を宣言しなければ、「和平革命」の実現はなかった。そのため戒厳令の解除とは、台湾の40年に渡る社会努力が成し遂げたもので、台湾独立への道ではない。

 国民は自問すべきである。すなわち憲政の目的、戒厳令の解除は「中華民国を打ち倒し、台湾共和国を打ち立てる」ことなのだろうか、そして戒厳令解除は半分の人民を台湾人であることを否定することなのだろうか、そして彼らが「台湾を愛する」資格を否定することなのだろうか。あるいは戒厳令解除が今のような「無法無憲」の政治を生み出すことなのだろうか。戒厳令の解除が腐敗し、無法の総統家族を生み出すだけなのだろうか、戒厳令の解除が執政者が引き続き司法を操り、株式を操作することなのだろうか。

 目前の異常な状況は、執政者はただ戒厳令を呪うのではなく、戒厳令解除後おきた政治上の罪を反省し、懺悔することを知らない。

 戒厳令の擁護者は「台湾の戒嚴令とは100分の3しか実施していない」と擁護していた。今も「民主憲政は100分の3しか実施されていない」という人もいる。これは比喩に過ぎないが、真実を語り、国民にとっての苦痛である。

 真相を直視すると、今見ている戒厳令解除は当時の想像から、かけ離れ、政権交代、台湾独立も同様である。戒厳令解除から20年を経て、民主憲政は崩壊し、ただ腐敗した陳水扁を擁護するだけで、自己欺瞞の台湾独立のスローガンのみである。このような真相は、直視したくなくても、国民は厳粛に受け止めるべきである。

http://udn.com/NEWS/OPINION/OPI1/3928777.shtml

7月15日 聯合報社説

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 普段、あまり国民党系メディアの社説を取り上げることは少ないが、戒厳令20周年ということで、取り上げてみた。

 この社論に対するツッコミ

  1. 陳水扁政権の汚職を強調しているが、国民党の汚職問題はどうなのか、とくに馬英九も起訴されていて、馬英九だけでなく、地方レベルでは国民党系県長も汚職で起訴されている現状について。
  2. 戒厳令を敷き、自由を制限してきた国民党の功罪をどのようにひょうかすべきか。
  3. 台湾独立運動は社会の分裂を招いてきたと強調しているtが、陳水扁就任後、主に抗議デモを行い、混乱を招いているのは国民党側であること。
  4. 社説では陳政権が台湾政治の混乱を招いたとしているが、主な混乱の原因は、総統が民進党、一方、立法府は国民党が多数を占め、その矛盾が台湾政治の混乱に拍車をかけている、国会で多数を占める国民党の責任について。

2007.07.14

中国語版Beat it

YouTubeで見つけた、マイケルジャクソンのBeat itのパロディ版。

都是被逼的、逼的、被~逼~的~

蒋経国が戒厳令を解いた原因とは

 2007年7月15日、台湾では戒厳令が解除され、解戒二十周年を向かえる。そのためメディア、または与野党などで、戒厳令解除に関するさまざまな評論、回顧が行われている。特に来年2008年の総統選挙に向かい、選挙を意識した発言が飛び交っている。

鯨魚網站に戒厳令解除の原因を分析する「蔣經國解嚴的原因」が掲載されていた。

 蒋経国末期に進められた一連の改革が行われた要素とは何か。その背景を探っている。

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蒋経国と李登輝

 まもなく戒厳令解除二十周年を向かえる。与野党共に、その各陣営からその歴史解釈が出されている。野党の国民党系は国民党、特に蒋経国の暗黒面に対して触れようとしない。

 そのため戒厳令解除は蒋経国の徳政であると強調しようとしている。一方、民進党側は陳水扁総統が昨日7月12日夜、インタビューで、戒厳令解除の遠因は美麗島事件にあると答え、さらにその一因の一つは民進党が成立したことであると、民主化における民進党の役割を強調した。

 国民党史観では、統治者による恩恵であると強調し、史実に背いている。民進党側は人民の反抗という史観から、重要な要素だとしている。しかし全面的な理解に欠けている。

戒厳令の解除は、人民の反抗、国際的な圧力、そして統治者を取り巻く環境の変化(すなわち人徳や恩徳ではない)、三者による相互作用の結果だといえる。

 中国の伝統的「帝王術」を観察する際、注意が必要である。それはアメと鞭を使い分けることである、蒋経国も例外でなく、テクノクラートの採用、台湾化、若年者の抜擢など光の一面を持ち、李煥の抜擢などを行っていた。反面、その暗闇の一面として王昇が率いる特務機関の支配がある。80年代、特務機関は多くのミスを繰り返し、国民党政府はアメリカの怒りを買い、最終的に蒋経国に改革せざる得ない状況に追い込むことになったのだ。

 1978年、台湾とアメリカが断交した。国民党政権は外交の挫折が選挙の挫折に転化することを恐れ、もともと年末に行われる予定だった中央民意代表増額補選の実施を凍結することを決定し、当時の「党外グループ」が政治に参与する道を閉ざし、デモ活動に向かわせた。同時に二冊の雑誌が出版された。一冊は「80年代」で主に議会路線のグループによる刊行物で、もう一冊は「美麗島」で、街頭運動を路線を主張するグループが創刊した雑誌だった。国民党内のタカ派は「疾風雑誌」を創刊し、対抗した。その対立は、論争にとどまらず、双方の乱闘に発展するほどだった。1979年、1979年12月「美麗島雑誌社」は高雄で「人権大会」を実施した。しかしその集会は警察と衝突した流血事件と発展した。新聞局と警察の管制下、メディアはこの運動に参加した運動家を暴民として非難した。しかしこの事件はアメリカの注意を引き起こし、特にアメリカ国会で台湾事務に関心のある衆参議員らの注目を集めた。台湾はアメリカ行政部門との友好関係を失って以来、アメリカ国会の支持を受けることができなくなっていた。そうした背景で、1980年、特務機関の厳重な監視下に置かれていた林義雄の母親と三名の幼女が刺殺される凄惨な事件が発生した。(長女のみが生き残った)この事件はアメリカ国会の厳しい警告を引き起こし、国際的な圧力の下、国民党政府は「美麗島事件」の当事者の裁判の公開を余儀なくされ、その結果、多くの公民が「党外運動家」に同情するきっかけとなった。結果として、特務機関が国民党政府の根幹を揺るがすことになった。

 そして特務機関が次に殺したのは、アメリカ公民だった。そのため、国民党政府はアメリカからさらに強い圧力を受けることになった。すでにアメリカに帰化していた数学学者陳文成が台湾大学図書館で死体で発見された。陳文成は死去する前に、警察から聴取を受けていた。警察は陳教授は圧力が大きかったため、自殺をしたのかもしれないと発表したが、アメリカ政府は信用せず、蒋経国は1983年、特務を握っていた王昇を放逐することを決定した。しかし警察は教訓を学ぶことはできなかった。1984年、竹聯幫に属するマフィアをアメリカに派遣して、すでにアメリカに帰化していた「江南」(本名、劉宜良、蒋経国伝の作者)を暗殺した。

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死去した陳文成

 アメリカFBIは直ちに加害者を割り出し、事件の背後に国民党政府の特務が関わっていることが判明した。そして被告の友人が「蒋経国の次男、蔣孝武が事件の黒幕である」ことを暴露した。この事件ははアメリカ、台湾双方政府を震撼させた。特に蔣孝武が事件に関わっていたというのは、後の政局にも大きな影響を与えた。

蒋経国の長男は病弱で、次男の蔣孝武が蒋家の跡を継ぎ、三代目を継ぐと目されていたからである。アメリカ公民を殺害したこの事件は国民党政権を揺らがせただけでなく、蒋一族による独裁も終わらせた。蒋経国は直ちに蔣孝武をシンガポールに左遷し、蒋家の人間が、次期総統に就くことはないと宣言した。

 1985年、十信汚職事件が発覚し、多くの政府高官がその汚職に関わっていた。事件は台湾の金融の混乱を招き、多くの商社は資金に行き詰まり倒産し、人心は動揺した。

 政府のイメージ向上と、社会の民心を安定させるため、蒋経国はさらに改革を進めることになった。蒋経国は李登輝ら12名の中常委組織「革新グループ」をつくり、各種の改革政策を検討し、大陸政策の検討を含め、党外運動を追認、戒厳令の解除、党禁の解除などの改革が決まった。興味深いのは、蒋経国がこれらの改革を進める際、国民党の少なくない「古老」が慈湖にある蒋介石の遺体が安置されている所へ向かい、泣きながら、蒋経国の改革を止めるよう希望した。この「哭霊」は何度も続き、国民党の特殊文化となった。

 否定できないのは、蒋経国の任期中に行われた多くの改革は、その背後には内外の圧力があり、また蒋経国の時代には、ますます多くの人が、特務の圧力を恐れず、反対運動に参加するようになった。蒋経国が改革の実施は、台湾がフィリピンのように反対運動で、政府が転覆しなかった重要な要因であるが、それは徳政とは言えず、環境変化によって、自らを守るために行われた改革だと言うのが適切だろう。

2007.07.13

ユンチアンの新作「マオ」の中国語版出版が頓挫

多維の報道から

日本でもベストセラーになったワイルドスワンの作者ユン チアン(張戎)の最新作「Mao: The Unknown Story(日本語訳マオ―誰も知らなかった毛沢東)」の中国語版は今年5月に出版される予定だった。しかし簡体字、繁体字中国語版を出版する予定をしていた遠流出版社は、突然出版を放棄することを宣言した。


Mao: The Unknown Story(日本語訳マオ―誰も知らなかった毛沢東)」は欧米で出版後、ベストセラー入りし、すでにフランス、ドイツ、ロシア、日本語など各国語版が出版し、アメリカのブッシュ大統領も本書を読んだと話、ドイツの新総理と会談した際、本書を話題にしたほどである。しかし本書の少なからずの点で、論争を引き起こしていている。欧米の歴史学者、Jonathan D. Spenceなど著名学者も撰文を投稿し、いくつかの内容で論拠の基礎が薄弱であると批評している。中国語世界では、さらに激しい賛否両論の論争が引き起こされている。

 本書の中国語版が一向に出版されなかった理由は、原作者のユンチアン自らが、中国語に翻訳し、台湾の遠流出版社が繁体字、簡体字中国語版の出版を担当する予定だった。ユンチアンは華人読者の背景に考慮して、内容の修正を進めていた。遠流出版社社長の王栄文は「中国人にとって、多くの背景は改めて解釈する必要がなく、西洋では、中国の近代史の背景を知らない可能性があり、説明が必要かもしれないが、中文版にとって不必要だと思われ、内容の修正を行い、原作者自らがその作業を行っている。」と説明していた。また「あらゆる他国語版で、中文版が彼女にとって最も重要な版だ」と語っていた。

 今回、中国語版の夭折の主な原因は、毛沢東の評価と論拠ではなく、本書に記載されていた人物に対する内容が、大きな論争を引き起こしていたからだとしている。

 特に本書では蒋介石の側近、胡宗南は中国共産党のスパイ(Red sleeper)だと断定していて、学会で論拠不足であると批判されているだけでなく、胡宗南の子息である胡為真(現在、台湾シンガポール駐在代表)が抗議を提出し、その後、黃埔軍校七分校の同窓会も抗議を提出し、「胡宗南がスパイであるという内容は、事実を捏造し、本人に対する重大な侮辱であり、胡宗南が一生国家に忠誠を尽くした功名を汚す行為である」と厳しく批判していた。

  彼らはユンチアンと遠流出版社と交渉し、本書の胡宗南の29章の削除を要求し、さもなければ「名誉毀損」で訴えると主張した。

 数度の話し合いを通じても、ユンチアンは削除に応じず、交渉は決裂した。胡為真は関係部署に出版禁止を申請し、本書の胡宗南の内容が前面的に修正しなければ、出版してはならず、ほかの地区で出版した場合でも、台湾に輸入すれば、罰金が課せられるよう申請した。
 胡宗南などの評価は、中国の学者などもユンチアンの説に賛意を示さず、論争が起きていた。

 黃埔軍校七分校の台湾同窓会は、遠流出版社に対し、二ヶ月に渡る抗議活動を行い、圧力を加えた。こうした圧力に対し、遠流出版社は、台湾の中国共産党史研究の第一人者である中央研究院の陳永發教授に中国語版の序文を頼み、この論争を処理するよう依頼した。

 陳永發教授は中国語版序文で、「胡宗南が中国共産党のスパイだったかどうかは、証拠が足りず、チンユアンはそれを実証する必要がある」と記した。そして「戦争の勝敗の原因は複雑で、胡宗南が共産党軍に敗北したのは、判断ミスだったかもしれず、勝敗をすべてスパイ説に帰すことはできない」と序文に載せ、論争の終結を試みた。

 遠流出版社の社長王栄文は19日、多くの折衝を得て、編集者と原作者と「マオ」の論争部分をいかに中立的な叙述に修正するか、双方の同意を得ることができず、出版を放棄することを決定したと発表した。そして遠流は厳密に編集し、本書の論拠がさらに強固になることを望んでいたと述べて、遠流が出版を放棄した原因は、ユンチアンの作品の中で、根拠が不足している部分があり、編集者の立場を守らなければならなかったと述べた。

 中天電視の報道によれば、出版社と作者の協議で、多くの可能性が提出され、中立的叙述の原則の下、ユンチアンも誠意を見せていて、論争がある部分、「胡宗南は共産党の代理人だったかもしれない」という記述に「定説ではない」と脚注を加えることなど、しかし胡家との協議がまとまることがなかった。遠流出版社は出版を放棄せざるえなかったとしている。

ユンチアン側は今回の件について、胡宗南の後継と旧勢力の圧力によって、本書の出版が放棄されたと強調し、出版社が提出した修正内容は、史実を変える内容で、受け入れることができなかったとしている。ユンチアン側は、毛沢東という歴史人物を資料を用い、執筆し、すべて依拠があり、彼女が引用した資料で、説明しているとしている。また胡宗南やその子孫には何ら悪意はないと答えている、

 一方、学会では「マオ」は厳密な学術書ではなく、すべての資料の内容を信用することはできないとしながら、陳永發教授は言論は公開の自由をゆうし、その後、各界の批評を仰ぐべきと言いつつも、チンユアンの作品内では、結論を飛躍しすぎている部分があり、毛沢東に対する先入観がありすぎて、論拠と結論が曖昧な部分があり、学術書ではなく、一般書と見るべきと答えている。

参照元 http://www5.chinesenewsnet.com/MainNews/Forums/BackStage/2006_4_20_13_13_46_994.html

 

 個人的に中文版の出版に期待していたが、出版自体が放棄されるという事態になって、個人的にきわめて残念。

 ここで問題になった胡宗南がスパイだったかどうかは、よくわからないが、蒋介石の側近に共産党のシンパが少なくなく、国共内戦では、国民党側の情報が共産党に筒抜けだったというのも、歴史的事実だった。個人秘書まで、実は共産党のスパイだったという事実もあり、そうした共産党の浸透が、來台後の執拗な反共産党の取り締まりにつながったとも言われている。

 近代史を扱った書籍では、書物の内容で、遺族との衝突がおきることもあるらしく、自分の知り合いの教授の書籍も、そうした原因で、絶版したこともあった。

 こうした近代史の執筆する場合、遺族、関係者との衝突というのは、きわめて難しい問題だと改めて思わされた。

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追記

 香港の出版社では、すでにユンチアンによる翻訳版が出ていました。今回、頓挫したのは台湾の出版社による出版のようで、中文版自体は購入可能なみたいです。7/14

2007.07.12

馬英九が当選一年以内の両岸直航を公約

 馬英九が台湾中南部視察日程で、最初に台湾中部の清泉崗空港を訪れた。台湾高速鉄道が開通後、清泉崗の利用客が大幅に減少している状況に対し、馬英九は2008年総統選挙当選した場合、直ちに中国と直航の交渉を開始し、一年以内に、台中清泉崗空港を含め、国内の7つの飛行場で、両岸の直航を実施すると公約した。

「現在、政府が不安定で、政策も不安定である。そのため当選後、第一の行動は中国との直航を交渉し、一年以内に開放を実施することである」と飛行場内の会見で述べた。

 馬英九は清泉崗飛行場などを衰退させていると現政府を批判し、台北松山空港、桃園国際空港、台中清泉崗空港、高雄小港、外島馬公、ならびに東台湾の花蓮と台東空港を含め、すべて両岸直航を実施すると公約した。

 「現在、一年間でわずか10機ほどの直行便を一年、52回実施し、その後、一週間四日間、その後一週間で七日に増加する」と述べた。

 馬英九は同時に2008年当選してから、一年以内に直航を実現するには、両岸の信頼関係が薄弱で、その公約を実現できるか否かは、自分にとっての挑戦であると述べた。

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/070711/69/h4jw.html

 

 松山空港などは国内専用の空港だが、台湾国内専用の空港でも、直航を実施すると主張するのは、中国との統合を推し進めるという主張と同様だと思うのだが、どうなんだろうか。

馬英九と謝長廷が本土論をめぐって論戦

 先日、総統候補である馬英九と謝長廷が、日本統治期に活躍した蔣渭水を記念するシンポジウムで、台湾民衆党を歴史をめぐる論戦を行った。はじめに、馬英九が発表を行い、後に謝長廷が発表を行った。

 馬英九の主張

台湾の抗日史は三段階に分かれると述べ、第一は日清戦争後、台湾が日本に割譲された直後、そして第二段階は西來庵事件、そして段三段階が孫文が清朝に反旗を翻し、中華民国を設立し、西洋の民主主義の影響を受けた抗日運動であると延べた。その後林獻堂、蔣渭水らにより、1921年台湾文協が設立され、新聞を発行し、政治、社会、経済などの近代知識を広めた。そして1927年、台湾民衆党が創立された。これらの目的はすべて抗日だったと指摘した。

 台湾民衆党の党旗は「青天白日滿地紅(中華民国旗)」と同じで、ただし中華民国旗は「五つ星」に対し、民衆党党旗は「三ツ星」だったと、民衆党と国民党の関係を指摘した。そして民衆党の言論は日本軍の中国侵略の反対。台湾民衆が中国に行く際、必要の「赴華ビザ」の廃止。また日本人がアヘンを引き続き専売することの反対だった。また「台湾通史」を引用し、蔣渭水は国際連盟に対し、英語で電報を国際連盟に提出することに成功し、国際社会の重視を引き起こした。

 そして霧社事件では日本人は毒ガスで原住民を攻撃し、蔣渭水は陳情を申し出た。蔣渭水は国際法廷上で、「われわれ中華民族の人間は、永遠に変わることない」と強調したことを馬英九は指摘した。

 蔣渭水は環境保護、迷信に対して距離を置くこと、そして男女平等も主張した。そして減租を主張した。そして孫文の革命を支持し、6万元寄付した。孫文は寄付に対し、洋酒を送り、蔣渭水らは記念とした。馬英九は 後人が蔣渭水から学ぶべきなのは、蔣渭水の中道的な姿勢で、かつて蔣渭水は「同胞は団結しなければならない、団結こそが力である」と発言した。その団結力も学ぶべきであり、さらに蔣渭水の民族意識こそが学ぶべき姿勢だと主張した。

謝長廷の主張

 歴史を語る際、各人その視点が異なる、それが歴史観である。馬英九は抗日史観から台湾史を語り、抗日という観点から整理すれば、馬英九が語った内容は必ずしも間違いではない。そもそも歴史観とは主観的なもので、各人が歴史を解釈する権利を持ち、その史観をかたることができると謝長廷は主張した。

 しかし異なる角度からみれば、台湾民衆党は台湾で最初に誕生した現代的政党であり、もし馬英九の言うとおり、台湾民衆党は抗日、環境保全ともに貢献したのならば、国民党が政権を握っていた時、歴史教育で蔣渭水、台湾民衆党共に教えなかったのはなぜなのか。抗日は間違いなのだろうか、それとも減租を主張したのは間違いなのか、迷信に反対したのは間違いだったからだろうか。ではなぜ、その歴史を語らなかったのかと謝長廷は提起した。

 蔣渭水は国民党が來台する以前に亡くなっているが、台湾民衆党の多くの人たちは国民党が来た後、逮捕、射殺、または逃亡した。蔣渭水の娘婿、台湾民衆党、党創立時の党員らは皆、殺された。ではなぜ彼がそうした運命をたどったのか。 抗日、または環境保護を主張したからだろうか。

 各人が事象を省みる際、それぞれ歴史的主観を持つ。歴史を回顧する際、ある人は学校で習ったことから学び、ある人間は選挙の利益と結び合わせて、歴史を語っていると指摘し、しかし歴史は客観的に見ることが重要であると強調した。

 台湾民衆党の党規約、組織、成員そして運動路線などからみれば、台湾民衆党はきわめてシンプルで、台湾民衆党は大衆側に立ち、労働者、農民など弱者に立脚しているということだ。

 この時代の歴史を回顧し、孫文の党創立と、民進党創立の歴史を回顧すると共通するのは、民主、平等であり、幸福を自らの手中に収めるためである。民族が危機に面した際、孫文は革命を起こし、台湾民衆党も同様に、人民が圧力に自覚したため、立ち上がったのである。日本政府、または国民党政府がら弾圧したのは、みな外来政権だからである。

 外から来た人間は土地に対して感情を持たず、人民に権力を渡すことを好まなかった。そのため国民党は台湾民衆党の歴史を教えなかったのである。なぜなら独裁に反抗する歴史であり、外来政権に反対する歴史だからである。

 

そして謝長廷は「台湾は運命共同体であり、公民主義の国家である。そのため血縁を強調するのは好まない。なぜなら正統性の欠ける人間こそが血縁の関係を強調するからであり、血縁関係を強調することは台湾を危険にさらすことになる。どこに生きていようが、血縁関係を強調するならば、誰かが迫害を受けることになる。中国が台湾を統治使用しようとするのも血縁関係を強調している。

 土地に対するアイデンティティこそが最も重要であり、外省人、客家、 福佬人、原住民に関わらず、寛容こそが重要なのであると主張した。

 台湾は自信を持つことが重要であり、台湾を知り、台湾を肯定し、運命共同体の一員になることが、台湾の未来を作り出すのである。

 台湾民衆党が追求したのは、民主と進歩であり、民主とは自己の幸福を自決することであり、進歩とは台湾優先、文化優先であり、弱者の優先と環境を優先することである。

 台湾の外来政権が台湾を統治してきたのは、台湾人が分裂したことであり、台湾の歴史とは自らの運命を掌握することができなかったことである。みな新たに来た統治者、または古い統治者だった。これらは不公平であり、日本、オランダ、早期国民党の同様だった。国民党が台湾を統治したのは、いかなる正当性を有していたのか、我々が蒋介石を総統に選択したからか、台湾人が万年議員を当選させてきたからなのか、 いつの時代が真実を話すことができなかったのか、高官になる人は皆、節度、道徳、勇気、皆問題があった、それらの簡単な分析は、学歴は関係ない」と主張。

 最後に未来は必ず団結しなければならない、それで共生を主張するのである。馬英九とは仇ではない、すなわち共生である。共に台湾を守るそれが蔣渭水が与えた知恵であり、団結が大事であると強調した。

参照元

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/070709/17/h03x.html

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/070709/5/h06r.html

2007.07.10

2007年以降、アメリカで報道された中国製リコール製品 一覧

2007年以降、アメリカで報道された中国製リコール製品一覧

2007-1:子供用オムツ暖房扇風機ろうそくドライヤー電気スタンド

2007-2:リモコン子供用指輪童電気スタンド子供用アクセサリジャケットブレスレット遊具用電池子供用指輪

2007-3:自転車児童用文具延長コード本棚ブレスレット油漆子供用アクセサリ電灯玩具用顔料

2007-4:ペットフード電気キャンドル暖房補聴器幼児用いす子供服キャンドルブレスレットキーホルダ装飾用樹チェンソー

2007-5:兒童用装飾品ドラム指輪装飾品いす竹製玩具オーブンブレスレッドろうそく

2007-6:タイヤ海鮮汽車模型イヤリング幼児用ベッド歯磨き粉ブレスレッドガラスコップソファー

2007-7:ハンモッグ子供用装飾品

資料元:http://www.who-sucks.com/business/made-in-china-2007-danger-timeline

http://blog.roodo.com/formosa2008/archives/3627743.html

2007.07.08

China Free 非中国製が広告文句に

 近年、中国の粗悪食品、原料の氾濫が消費者の憂慮を引き起こしている。あるアメリカの健康食品が、新しいコピーとして、「China- Free」を使用することを決定した。広告では「100パーセント中国製品を使用していません」と宣伝するだけでなく、外装にはChina-Freeと書かれたコピーを貼り付け、中国の粗悪製品に不満を持つ消費者の関心を集めようという戦略である。

人間用とペット用天然食品とサプリメントを生産している「Food for Health International」はすべての原材料をアメリカ内で生産された有機食品を使用しており、いかなる科学添加物を含まれていないことを特色としている。

 Frank Davis社長は、消費者の不安を解消するため、会社は中国原材料を使用しない特色をより強調することを決定したと取材に対し、答えている。

 中国製食品と原料が、世界各地で中毒や死亡事件を引き起こし、世界中の消費者の不安を引き起こしている。

 アメリカの現行法では海鮮食品のみ生産地を注記することを定められているが、肉類、農産物には類似の規定が存在しない。

 しかし今回の「China-Free」、非中国産を宣伝文句にするような方法は初めてだ。

 

 近年、相次いで報道されている、中国の粗悪製品の報道が、今回のようにアメリカ企業の中で、「China-Free」という、中国産を使わないというのが、宣伝文句になるという皮肉な状況となっている。このような企業が増加するかどうか、興味深いところである。

参照元

http://www.reuters.com/article/healthNews/idUSN0618941720070706

http://www.libertytimes.com.tw/2007/new/jul/8/today-int2.htm

2007.07.07

韓国の歴史捏造がまたまた中国で話題に(蚩尤天皇が中国黄帝を打ち破った?)

 近年、古代歴史に関する韓国と中国の論争が絶え間ないが、最近、韓国で出版された小説「蚩尤天皇」の内容が中国に伝わると同時に、その歴史捏造のあまりのひどさから、中国のネット界などで物笑いの対象となっている

 この小説内では蚩尤を韓国の祖と主張し、さらには蚩尤が伝説上の中国開国の祖黄帝を打ち破ったと主張していることだ。

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上は小説内の挿絵で、蚩尤が黄帝を打ち破ったとしている。

ちなみに《史記》の「五帝本紀」内に黄帝と蚩尤に関して以下のような記述がある。

“蚩尤作亂,不用帝命。於是黃帝乃征師諸侯,與蚩尤戰于涿鹿之野,遂禽殺蚩尤。而諸侯咸尊軒轅為天子,代神農氏,是為黃帝。”(蚩尤が乱を起こし、皇帝の命に従わなかった。そのため、黄帝は諸侯を率いて、涿鹿の地において蚩尤と会戦を行い、蚩尤を捕らえ、殺した。そのため諸侯は尊軒(黄帝の名称)を天子として、神農氏の変わりとして、黄帝とした。)

 ようするに中国の史書では、中原を争う戦いで黄帝が蚩尤を打ち破り、天子となったと書かれている。

 漢民族を炎黄子孫と表現するように黄帝は中華民族の祖として扱われ、古代から漢民族の敬意を受けていた伝説上の人物であり、中国の神話において、特別な人物である。

 そもそも蚩尤が韓国人の祖であるという歴史的資料は一切存在しない。蚩尤は中国歴史内では、漢民族の祖のひとつして扱われている。

 そもそも中国、台湾でも黄帝などの歴史は神話として扱っている。たとえ、それに近いグループがいたとしても、漢族のグループのひとつであろう。

 問題はそれだけにとどまらない。「蚩尤天皇」が単純な架空戦記ならば、何も問題ない。しかし韓国では本書が《大韓民族通史》シリーズの一部として出版され、歴史を捏造した小説を大々的に通史だと、あたかも実際の歴史のように騙っているいることを知り、中国人を震撼させている。

 事実、蚩尤が韓国の祖であるという俗説は、韓国内で広く広まっているようである。2002年、日韓ワールドカップの際では、韓国のサポーターは蚩尤を勝利のシンボルとして扱い、蚩尤が韓国の祖であるという通説が韓国内では深く浸透していることが中国に伝わり、中国人に吃驚と失笑を与えている。

 最近、韓国が端午の節句を世界遺産として登録して以来、そもそも中国が発端の歴史を、韓国が勝手に始祖を騙っていることが相次いで発覚して、中国の反発を招いているが、今回の「蚩尤天皇」もそのひとつとして、中国人の失笑と反発を招いている。

参照元:

http://auto.chinanews.com.cn/cul/news/2007/07-06/973125.shtml

http://www.ettoday.com/2007/07/07/334-2122572.htm

高金素梅がまたまた不倫騒動

 どうでもいいことだが台湾で反靖国運動の先頭に立っている立法議員高金素梅はもともとスキャンダルの女王として台湾で知られていた。たびたび、不倫騒動を引き起こし、売名を繰り返していた女性である。最近はそうした騒動を聞かなかったが、また不倫騒動を引き起こしていた。

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今回の相手は台北県副県長だそうだ。

http://udn.com/NEWS/DOMESTIC/DOM2/3918173.shtml

http://www.ettoday.com/2007/07/06/301-2122136.htm

 反靖国運動など、反日活動で知られている高金素梅だが、その実態はこうした不倫騒動を相変わらず繰り返して、人間なのだが、

 

メディアの自由化と共に生まれたスキャンダルの女王

金素梅が台湾で有名になった最大の原因は芸能人時代から相次ぐ不倫騒動だ。その騒動は政界入りした今でも続いている。

戦後台湾では国民党政府が「報禁」が行い、厳しい報道規制を行い、報道の自由を持たなかった。

 90年代から始まった民主化とともに、メディアも自由化が進み、報道の自由を手に入れた。それと共に、急速に報道機関の資本主義化の進行し、メディア間の競争、視聴率競争が始まった。すなわち報道が自由になる一方、メディア道徳は欠如したまま、発展したのである。

 絶え間なくスキャンダルを提供する金素梅はそうしたメディアの格好の対象となった。そして金素梅もそのメディアを利用して、売名を繰り返し、ますます著名になっていった。

金素梅という人物を考えると、ある意味、メディアの自由化と共に生まれた副産物のように思える。

2007.07.05

中国で販売されている消費品の5分の1は実は不合格

近年、基準以上の農薬が散布された農作物、または有毒物が検出された中国産食品、または毒物入りの中国製品がたびたび、ニュースで報道されている。ひどい場合では死者を伴う例もある。

 近年、悪評高い中国産の食品だが、中国国内で販売されている食品ははさらに深刻で、BBCの報道によれば、中国国内市場で販売されている消費品の5分の1が中国当局の試験で不合格で、特に食品問題は深刻であるようだ。

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 近年、中国の食品問題が国内外の消費者の関心を集めている。

 最近ではアメリカ国内でペットフードの原料に使われた中国産農産物に含まれていた有毒化学物質のにより、多くのペットが死去する事件が起き、アメリカ国内の反発を呼んでいる。

 アメリカは最近中国産の水産品と歯磨き粉を全面的に輸入禁止の措置をとった。

 中国国内の市場では、こうした食品問題はさらに深刻で、不合格食品が市場にあふれ、特に缶詰食品と、ドライフルーツ、そして果汁飲料が、基準に達していない製品が市場に流通している。

 中国の質檢總局の発表によれば、検査を受けた食品、化学肥料、農業用機械など多くの消費品のうち、19.1%の製品が基準に達しておらず、多くの食品に有毒物、または菌類が基準以上、含まれていたという。

 最近、ビジネスで中国を訪れる日本人は数多くいるが、こうした中国産の食品には、どうぞ注意を。特に缶詰、ドライフルーツ、果汁飲料は有害なものが多いようです。

陳水扁総統が新聞に寄稿「北京の一つの中国―両岸関係の干渉」

 台湾総統が、米国紙「ワシントン・タイムズ」に「北京の一つの中国―両岸関係の干渉」に寄稿すると共に、 台湾の自由時報にも同様の文章を寄稿していた。

 この中で、中国が主張する「ひとつの中国」の原則と「一国二制度」の受け入れの拒否を表明すると共に、現在、馬英九ら国民党が中国との交渉の前提条件としている「九二共同認識(略称:九二共識)」の矛盾点を主張し、その共同認識の受け入れも拒否を示し、台湾の独立した主権を強調した。

 今回の文章は2008年に行われる総統選挙でも、民進党の基本的対中姿勢を示すと思われるため、簡約してみた。

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 今年7月1日は香港の主権が中国に移行して十周年に当たり、当時、中英双方の交渉が頓挫しかかったとき、中国側のリーダーである鄧小平が「一国二制度」を掲げ、そのこう着状態を容易に打開し、その交渉を中国に勝利させ、同時にイギリスにも面子を保つことができた。事実上、「一国二制度」の「二制度」は偽りであり、「一国」こそが正しい。「ニ制度」にはなんら意義を伴わない、ただ「一国」の存在を包み隠すのみに存在している。十年が過ぎたが、この文字遊戯は未だ続いている。しかし今回の舞台は台湾に移り、「一国二制度」の「香港モデル」が「一中各表」の「九二共識」へと変化した。

 2008年の台湾総統選挙がまもなく実施される。中国国民党の候補者馬英九氏は、もし当選したら、いわゆる「九二共識」、すなわち「海峡両岸は『ひとつの中国の原則』を堅持する、しかし『ひとつの中国』の定義は双方が各自表明する」、略称「一中各表」の前提下において、中国との交渉を再開し、平和協定を結び、両岸の敵対状況を終結させ、両岸の共同市場を打ち立てると再三強調している。

いわゆる「九二共識」さえ主張すれば、台湾海峡両岸の半世紀に渡る緊張と対峙を容易に解消させるという、「九二共識」には好奇と幻想があふれている。しかしいわゆる「九二共識」とは一体何なのか。詳細な分析と歴史経過を回顧すると、そもそも「一中各表」の「九二共識」とは一種の幻想であり、「一国二制度」の「香港モデル」と同様の存在であることに気がつく。

「各表」とは「ニ制度」と同様に、「ひとつの中国」、「一国」を包み隠すための存在であり、すべては国家主権を中国に引き渡すための入念に設計された方策に過ぎない。

 1992年10月末、台湾の「海基会」と中国の「海協会」が香港で会談を行い、双方である程度の「相互了解」を達成した、すなわち争議を後回しにして、先に具体的な事務的な問題を優先して処理した。そのため実務的な精神を有していたため、1993年4月、シンガポールで歴史的な「辜汪会談」が行われた。しかし1992年の香港会談では、台湾と中国はいかなる形式の共同認識も達しなかった、さらに言えば「九二共識」も存在しない。

 前「海基会」の理事長であり、「辜汪会談」の台湾側代表者だった辜振甫の伝記「勁寒梅香」の書中、226ページから227ページにもはっきりと明記されている。「九二共識」という新しい名詞は、中国国民党が執政時の中国委員会の委員長蘇起氏により作られ、2000年4月28日に提出されたものである。辜振甫氏も「『共識』必須是經過雙方當面討論之後,所得出的共同接納的意見。事實上,一九九二年香港會談,雙方確實無法接納對方的各項建議方案,因此會談沒有任何具體結論。(共同認識)とは双方が討論の後、双方共に受け入れられる意見である。事実上、1992年の香港会談では、双方は確かに双方共に受け入れられる各提案はなかった、そのためこの会談ではいかなる具体的結論はなかった」と回顧し、いわゆる「九二共識」の存在はなかったと明言している。

「九二共識」という名称は1992年の香港会談の8年後、中国国民党によって捏造されたものである。

 中国側は表面上「九二共識」という表現を受け入れている。しかし中国が受け入れている「九二共識」とは「海峡両岸は『ひとつの中国』を堅持する」という共同認識である。江沢民と胡錦濤、両者の中国国家主席、そして国台辦のいかなる官僚も、今までいかなる人も、「ひとつの中国」は「各自表明する」ことができると表明したことがない、すなわち「一中不表」である。

 2005年6月、中国国民党名誉主席である連戦と中国共産党書記長胡錦濤が初めて「連胡会」を行った後、中国国務院国台辦直属の単位である中「海協会」が政府出版物として出版した「九二共識歴史存証」12ページで「1992年香港会談で双方が各自各自述べるという形で『ひとつの中国』の原則を堅持する態度が共同認識である、しかし『ひとつの中国』の内容について双方は語らなかった、すなわちいかなる「共同認識」も存在しない」。13ページにはさらにはっきりと記されている「台湾当局、海協会と海基会は1992年、事務会談の中で『海峡両岸は共にひとつの中国の原則を堅持する』という口頭の共同認識を歪曲し、『一個中國、各自表述』とした。さらにひとつの中国とは歴史的な中国であり、現在は『段階的な二つの中国』であると歪曲している。これは当時達成した口頭の共同認識を根本的に歪曲している。台湾当局はすでにひとつの中国の原則を遵守せず、『二つの中国』を行っている」。

 中国にとって、いわゆる「九二共識」とは「海峡両岸はともにひとつの中国の原則を堅持する」ことである。すなわち「九二共識」を受け入れることは「ひとつの中国」の原則を受け入れることであり、台湾の国家主権を放棄するに等しく、台湾は「中華人民共和国」の一部分であると認めることである。

 国際的な現実は、国連、あるいは国際社会が普遍的に指し示す中国とは「中華人民共和国」であり、「一中各表」の空間は存在しない。「九二共識」を堅持することは、事実を曖昧にするのみならず、台湾の国際社会における孤立化を促すものである。

 

「自己欺瞞」は最も重大で、許すことができない誤りである。「一国二制度」は中国の民族主義の情緒と、イギリスの国家尊厳を保全するための一種の妥協であり、700万人の香港人の自由と人権が犠牲にされた。今日に至るまで、香港では首長普通選挙、立法議員の全面的な普通選挙の実施は未だ実施されていない、香港の司法機構は、中国の関与を受けず、独立した運用ができない状態にある。一般的に言って、香港の人権は後退し、言論の自由も、規制の圧力を受け、これらは「一国二制度」の幻想を示している。

しかし、われわれは同じ誤りが、2300万名の台湾人に繰り返すことは許してはならない、われわれは全世界に向かって、特に全世界の自由民主陣営に向かい、台湾は独立した主権を有し、自由と民主を愛する国家である。台湾の国家主権は2300万の台湾人民に属し、われわれは「一国二制度」の「香港モデル」を受け入れないだけでなく、「一国二制度」と同等な、「各表」という表現で、「一中」を包み隠した「九二共識」にも反対する。なぜなら一旦「九二共識」を受け入れれば、民主台湾の国家主権を放棄することを示すからであり、独裁者に投降する事と同等だからだ。しかし台湾がもし中国に併合されれば、東アジアの安定に重大な障害を与える。このような結果は、2300万の台湾人民は絶対に受け入れないだけでなく、国際社会も受け入れらないだろう。

(作者為現任總統)

2007.07.04

中国への幻想

 自由時報の日曜日の社論にて、James Mannの「The China Fantasy」を紹介していた。

James Mannが主張する「二重モデル」、すなわち中国は今後も経済開放と政治弾圧が同時進行する現在の政治手法を取り続け、アメリカの関与を拒否するだろうと予測を紹介し、馬英九ら国民と裏が主張する中国経済への関与を強めることに対し、警鐘を出している。

中国への幻想

西洋、特にアメリカ学会には、中国の将来に対し、二つの主要の見方がある。ひとつはゴードン チャンの「やがて中国の崩壊がはじまる」に代表される「劇的変化」論である。中国は貧富の差が激しく、民衆の不満が高まり、あるいは経済崩壊によって、中国の崩壊が始まるという考えである。もうひとつの主要な見方は「軟着陸論」論である。中国の経済成長と開放が続けば、中産階級が誕生し、この階層から民主主義の要求が高まり、最終的に中国制度改革へとつながり、政治的自由を実現するだろうという楽観的な考えである。

 ニューヨークポストの前北京駐在員ニコラス・クリストフは、今の中国人はアメリカの「スターバックス」のコーヒーを好んで飲んでいる、人々はコーヒーを選択するように、政治リーダーも選択するようになり、政治改革はやむ得ないだろうという見方を示している。 中国人が食べ物が、アメリカ人とますます似てきたように、中国もアメリカのように変化していくという、アメリカ人が言う「マクドナルド現象」がおきると考えている。アメリカの政界、商業界にはこのような楽観的な予測をする人が多い、クリントンからブッシュ政権における「中国政策」は基本的にこうした認識の下に進めれている。

 近年、アメリカでは第三の予測が提出されている、James Mannが近年執筆した「The China Fantasy(中国の幻想)」で、上記の予測とは異なる見解を示している。

 すなわち、中国の経済開放と政治弾圧が同時進行する「二重モデル」である。彼は「劇的変化」説に反論し、中国政権が短期内に崩壊する可能性を否定している。中国民衆のデモ、抗議事件が多発するようになっているが、党禁と報道の自由がないため、全体を統括する組織が欠け、情報の流通も十分ではないため、抗議活動は分散的な活動にとどまり、軍隊や核兵器を武装している中国共産党に対抗することはできない。 「劇的変化」説が期待するような変化は現実的ではないと反論している。

そして、中国は自然に民主化するだろうと「軟着陸」論に対し、より強く反論している。西洋学者とアメリカの政治家による「中国の幻想」であると主張している。「軟着陸」論者は韓国と台湾の経済発展が民主化への転換を促した例を挙げるが、

三点の反論を出している。

 第一に中国は沿海地区と大都市のみが経済発展を遂げ、中国内地では未だ未発展である。中国には13億の人口があり、8億から9億人が農民であり、人口当たりの平均収入などは当時の韓国、台湾と比較にならない程度である。現在中国の十大都市(上海、北京、天津、武漢、瀋陽、重慶、広州、成都、西安、長春)は約6200万人、中国全体の人口のわずか5%に過ぎない。「スターバックス」のコーヒーを飲める都市のエリートは、中国の中のわずかの人口に過ぎないのであり、現状では経済発展が中国の民主化を促すことはない。

 第二の違いは、当時韓国、台湾は共にアメリカの軍事的保護下にあり、アメリカ政府はこれら政府に圧力を欠け、政治開放を迫る空間と能力を有していた。一方、現在の中国には、アメリカは全くそうした制約と影響力を有していない。

 第三点は中国の都市と農村の差異が大きく、政府は都市優先の政策を敷いている。そのため都市のエリートらは農村の農民らより多くの特権が与えられている、そのため中国で大きな動乱が起きても、「スターバックス」でコーヒーを飲むことができる富裕なエリートは既得利権を維持のため、改革の先駆者、推進者にはなりえず、都市と農村の差別を縮小させ、彼らの特権を失いかねない民主主義に反対の姿勢を見せ、軍事的、権威主義的な政府を選択し、安定的な経済発展を選択する可能性がある。

 すなわち、「アメリカが考える経済協力が中国の民主化を促すという考えは誤りである」と主張している。将来的な10年、20年後も中国は現在と同様に、経済は開放する一方、政治的には強圧的手法を取り続け、一党独裁を続けるのではと予測している。

 

 近年、中国発の報道で、各地における抗議、デモの報道が相次いでいる。だがこうしたデモを組織する全国的な組織は存在せず、そうした抗議活動は散発的、地方的な抗議活動にとどまり、それ以上の発展を遂げる兆候は見えてこない。

 日本国内では、上記のアメリカの「軟着陸」論に代表される楽観的見解を述べる論者は少ない。その一方で台湾では中国の経済発展と、経済的利益のみを重視して、中国の政治的リスクをあまり考えない風潮が強いようにも思える。

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