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2009.09.09

陳政権の環境問題(原発)でのつまづき

2000年の台湾総統選挙で、政権交代を実現した陳水扁政権は就任間もない時期、、台湾で初めての政権が交代したという高揚感、いかに新しい国家を作っていくのか、大きく期待され、就任直後は、非常に高い支持を受けていた。
しかし陳水扁政権の8年間は。激しい与野党の対立、政治的混乱が続く事になった。最終的に民進党は2008年の総統選で破れ、議会でも第一党の地位を失うという大きな傷を負った。
 陳水扁政権失速の一つのターニングポイントは、原発政策での混乱を挙げる事ができる。民進党は対外的には国際社会での台湾の地位向上を目指すという方針を持つ一方、対内政策では環境保護、社会福祉等を重視するという革新派的性格を強く持ち、その環境政策の柱の一つが反原発政策だった。台湾では第四原発が建設中で、選挙中、民進党はこの第四原発建設を中止する事を訴えていた。 総統に当選後、この原発問題を巡って、台湾は大きな政治的混乱を招く事になった。当選直後、陳水扁は全民政府を掲げ、国民党に近い唐飛を行政院長に任命した。立法院では依然として、国民党が大多数を占めていたため、安定的な政治運営には、国民党の力を借りる事が不可欠だったからだ。また李登輝前総統時代、国民党の主流派に本土派が占めていたため、政治的に緩い結束しやすいという要因もあった。 しかし民進党の党是である反核を巡り、両者は決定的に分裂する事になった。以下は第四原発を巡る台湾政治の経緯である。
  • 2000.5「核四」建設続行の是非を問う再評借委員会を発足、工事暫時停止
  • 2000.9 経済部(通産省)が建設中止を求める報告を行政院(内閣)に提出
  • 2000.10月 行政院長「唐飛が陳水扁総統と対立して辞任、民進党の張俊雄氏行政院長就任
  • 2000.10.27 行政院、建設中止命令 (立法院、建設中止命令に異議申し立て) (張行政院長、大法官会議に判断委ねる)
  • 2001.1.15 大法官会議、「行政院の中止決定は手続き的に瑕疵あり」との最終判断
  • 2001.1.30 張行政院長、大法官会議判断に基づき、改めて立法院で建設中止決定の報告
  • 2001.1.31 立法院、建設続行の決議案を大差(賛成134、反対70、棄権6)で可決 決議案「第四原子力発電所関連予算の法的効力を再確認し、行政院の第四原子力 発電所建設中止決定に反対する。行政院は第四原子力発電所関連予算を継 続執行し、直ちに第四原子力発電所建設工事を再開しなければならない」 (立法院、行政院間で善後策協議)
  • 2001.2.13 立法院と行政院、建設の条件付き再開で合意 2001.2.14 行政院、合意事項に基づき、閣議で第四原子力発電所建設工事再開を可決
  • 2001.7 「核四公投」と関連した「住民投票法案」、立法院にて野党の反対で未成立

参照元:リンク


 この原発問題を巡り、行政院長の唐飛が辞任し、行政院が建設中止命令を出した事によって、民進党は国民党との関係が決定的に悪化し、陳政権が当初掲げた全民政府はもろくも崩れ、国民党と親民党が連合するきっかけを作った。そして激しい与野党の対立を引き起こしてしまった。
 この過程で株価の低迷など経済不安を引き起こし、野党から内閣不信任案、総統罷免案が提出される動きが出るなど、台湾政治は混乱し続ける事になった。 結局、党是の理念と、現実との狭間で、陳政権は現実的なアプローチをとる事に失敗して、その後の政権運営に大きな支障を来すに至った。
 日本でも政権交代が起こり、民主党が政権を担う事になったが、新しい首相になる予定の鳩山由紀夫の環境政策を見ていて、どうしても、当時の陳政権と重なる部分があるのでは、と思ったので、このエントリーを書いてみた。

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